雑感

設計とは別に思ったこと

荒美を知ってるか!            20180721

 

 発端は20数年前で、「荒美を知ってるか!」はその数年後。

 もう時効。

 

 ある晩秋、大学の恩師を囲む集まりが散開して数人で3次会らしきものに寄っていたとき。

 同じグループで卒業設計に勤しんだNさんが、「荒美、お前関西で何かやったか?」と突然訊いてきた。初め意味が呑み込めなかったけれど、関西での仕事は他に経験が無いので、「あれかな?」とは思う。

 聞くと、早大建築学科80年過ぎ卒の人間に許せない者がいて、その名を荒美という・・・と複数情報があったらしい。Nさんは全国区なのだ。「何か迷惑かけた?」と聞いても「それはないけどなんで関西(の一部ゼネコン)でお前が話題?」ということだった。

 

 潔白かどうかは別として、経緯を残そう。

 

ある日突然、大学時代の親友が「旅館設計のアドバイスはできるか?」という電話をくれた。

 

意味を尋ねると、関西で新しい小ぶりの旅館建設を望んでいるかたが行き詰ったとのこと。

 

 行き詰った理由。

初めに依頼した高名な建築家は、設計も相当進んだ後に破綻した。(お客様によると商売よりも自身の美学を主張したらしい)

 

次に旅館の顧問が紹介した大手建設会社は、女将を素人扱いして一向に建設的提案がなされなかった。

(建設会社によると、思い付きのオンパレードで付き合いきれないとみなが感じていたという説明)

 

展望も開けないまま、敷地を調査させていただくと、広い川のほとりに立地し、周囲も建物が少しあるばかりで幽谷という言葉さえ浮かぶようすで俄然興味が増した。

 

 提案

現場に立ったイメージから、「骨休めに舞い降りた龍」を骨格に決めた。

しばらく時間をいただいてプレゼンに再訪すると、途中で女将は落涙された。それは、提案の善し悪しではなくて共通言語への巡り会いだったと想像している。

 

顧問は設計者を我々にと考え始めるが、何しろ紹介した本人なので仕切りに悩んだらしい。

 

 決裂

その後、顧問と女将に連れられて、建設会社を訪問した。

僕は穏やかにやりたかったけれど、いきなり10名を大きく超えたスタッフに待ちかまえられ、重たい会議が始まった。

女将がため込んだストレスはこれかと直感する。

そもそも匿名の公民館のような設計は看過できない。

1時間の質疑応答を繰り返して、「女将もおそらく同じだと推察するが、何より僕が納得できない」と宣言した。誰も声を出さなかった。

 

 決着

顧問が休会を宣言して別室に僕を連れて行った。

そこには建設会社の営業取締役が同席して、設計は荒美に移行すると約束された。何のことはない、僕は主人公気取りだったけれどわき役だったのだ。でも、龍の設計に心弾んだ。

 

 転回

このままだったらさほど大きな問題ではなかったのに、設計を完了して最後の見積時に、女将はあろうことか大手ゼネコンに鞍替えしたのだ。

 

 結論

僕も途中からわかってきてはいたので驚きはしなかったけれど、そりゃあまあ、さっきまでのゼネコンは怒るだろう。

 

僕は善意の設計者か、かきまわすだけの自己本位者か・・・?

ただ残しておきたいのは、涙はなくても良いけれど、こころに肉薄したのは僕だという思い、その時間。

気宇壮大                 20180718

 

 先月末のこと。仲間に呼び出されて、桜木町駅隣のビルに向かった。待っていたのはその仲間と、仲間と事務所を共有しているKさん。以前にもお会いしたことがある。

 

 そこで展開されたのは、東アジアの天然ガスに関係した、まさに気宇壮大と言っていいプロジェクトの話。ご本人もスケールの異常さに時折失笑めいたものが混ざるのだけれど、話を聞く僕の役割はそのプロジェクトに必要になりそうなコンテナ資料の作成だから、まあ詐欺の疑いはない。

 というか、以前から存じ上げているし、その真摯な仕事ぶりには共感してきた。

 

 心配するとすれば、そのプロジェクトが失敗したときのKさんのダメージだけれど、それはご本人が一番冷静に見えたのであまり気に掛けることもなさそうだ。

 成功率について質問したくても、それは部外者として失礼だろう。ただ、Kさんの最大成功イメージを100とした場合、5くらいの関与は冷静に望めるという気配に、それでも気宇壮大だなあと思った。なにしろ、ここ何年かそこに全てを投入しているのだから。「玉砕したら?・・・隠居です 笑」とのこと。

 

 Kさんが次の約束に向かわれた後、仲間と美味しい料理とお酒を楽しんだ。仲間が電話で長いこと離席したので自撮りをしてみたら、とても気に入ったので記録する。(禁嘲笑)

Eテレ                  20180712

 

 Eテレに必ず見る番組があるのではないけれど、ときどき、酸素補給するようにEテレを見ることがある。

 視聴率を目標にするのとは違った製作者の工夫が、こころに染みることが多いからだ。それは幼児番組であったり、2355のようなスポット番組であったりする。

 例えば「剣山」の紹介。

 子供がこれは何だろう?と思うように、わかりやすくしかもちょっと不思議に紹介するのは定番だとしても、その背景となる台紙を艶消し黒の梨地にして、スポットライトを当てるという効果はとても大きなものがある。画面が豊かで華やいで、しかも落ち着きがあるのだ。

 翻ってワイドショーの風景。各局、説明ボードとそのシール剥がしで期待を繋ぐことに明け暮れるばかり。

 僕も満載しているので非難はできないけれど、妬みや隠れた嘲り、浅薄な良心の確認など、自分の嫌なところを見せつけられるようでストレスフル。

 

 またまた話は飛んで、ブラジルVSベルギー戦。

 不運なオウンゴールを献上したフェルナンジーニョが家族まで攻撃にさらされる中、彼がプロデビューしたアトレチコが声明を出したらしい。「僕たちは君の味方で、その活躍を誇りに思っている」と。「攻撃しているのはほんの一部でブラジル国民のほとんどは君を愛している」とも。少し厳しいのは「こうした風潮を根絶するため君は先頭に立って声を上げて欲しい」というところだったけれど。

 フランスは準決勝ベルギー戦で、後半5分に先制点を奪うと、残りの40分余りを超守備的な陣形で試合を終わらせた。記事によれば、デシャン監督は勝つためならなんでもすると言ったらしい。

 

 その覚悟を僕は尊重するけれど、同時に思い出した番組がある。

 局は忘れたけれど、園長が園児に柔道を教える場面。

 

 きちんとした礼儀と、襟と袖を使ってしっかり組むことを徹底していた。前かがみで手を振り払ってばかりの、国際大会とは違った風景だった。

 

 「スポーツ」「体育」「武道」が混在する、恐らく世界でも希少な日本という国。Eテレは武道系か。

ムバッペ                20180708

 

 ここのところ、床に就いた時に読むのは、北杜夫の「船乗りクプクプの冒険」と、カズオ イシグロの「夜想曲集」が交互だった。

 変な取り合わせのようでもあるけれど、睡眠との関係を言えば共通点も少なくない。

 それでも、ワールドカップの試合もそれなりに見ながらだったから、数行で寝てしまうことも多かったので、経済的だった。

 

 クプクプは、数年前に友人のお子さんにプレゼントしたときに同時購入したのだったか。夜想曲集は妻が購入したもの。 

 

 話は大転換してフランス代表の若き旗手。

 初めのころはいくつかの読み方がテレビから聞こえたけれど、何試合かを終えて「エムバぺ」に落ち着いてきたようだ。でも、僕は何の根拠も無しに、「ムパッペ」だと思っている。そう、根拠なしに。

希望として。 

 

 それは、クプクプと夜想曲集の延長線に彼がいるように思えたから。

 詳しくないけれど、メッシのドリブルやCロナウドの嗅覚、ネイマールの自在さやイニエスタの構成力にはただ感嘆する。一番好きなのはウルグアイのスアレス。でも、今回は今一つの結果だった。

 そうした中で、僕のアイドル(もちろん多くの人共通だ)はベルギーのルカクとフランスのムバッペ。

 

「美しき雄牛が人の姿を借りたルカク」

「ピーターパンのようなムバッペ」

 

 日本代表の想像を超えた活躍が、彼らを観戦する機会に繋がった。柴崎を先頭に、堂安や中島大島が活躍して欲しいカタール大会に期待が高まる。INUIも残っているように。

FIFAワールドカップはおとぎ話のようだ。

おおと驚き、拍手して悔しがる      20180703

 

 勝負の世界には未知が多いので、「戦う」ということをもっと考えようと思った。

ああびっくり ためいき         20180629

 

 恨み言を言わないセネガル監督に感激。それのみ。

敵に塩を送る              20180628

 

 ワールドカップのアイスランド初戦を見て、そこにサムライがいると思った。

 なぜサムライを連想したのかというと、自己顕示の抑制と仲間への献身、そして相手への敬意を感じたからだ。

 そんなことをサッカーの試合で感じたことは全く無かったので、単純に驚いた。姿は違うけれど親戚に会ったように。

 

 その後、ネット記事で多分オシムさんだったと思うけれど、勝敗を超えて献身できるのは日本とアイスランドくらいではないか・・・という指摘を読んで、なるほどそういうことなのかと思った。

 

 マリーシアと呼ばれる、少しでも有利な環境を引き寄せる、あるいは欺いてでもそれを獲得する、というのが世界的なサッカーの潮流だと何度も聞かされてきた。でも違うひとがいた。

 僕はその後、どこか移動中の電車で「敵に塩を送る」と検索した。

 それは、多くの人がが思っている美談とは限らないようだけれど、少なくとも闘う以前の悪い状況を利用するという発想からは遠いようだ。

 はっきりとしたことは言えないけれど、現時点で僕が思うのは「何を欲するか」という問いがあること。

「勝利」なのか、「戦うこと」なのか。

 

 それは、とても大袈裟に言えばなぜ生きるのか、に等しくも思える。もちろん、どちらが良いという既成概念から離れて。

沖縄                  20180624

 

 沖縄でいくつか提案をしていたプロジェクトがあって、現地でお客様と打合せすることになった。

 ひとつは古宇利島の中腹から海を臨む住宅で、これは民泊を想定している。

 もうひとつもインバウンド激増の背景から同じような条件で、こちらは丁度良い感じにひなびた百名。

(途中、名護市役所に立ち寄って建築のすばらしさに感激した)

 

 北海道のニセコにも興が乗ってきた提案があって、日本は長いなあなどと思ったのだった。

雨雲のはからい             20180610

 

 僕たちの大事な孫Kの弟が今月末にやってくるはずだった。それが、何を思ったか昨晩遅くというか今朝と言うか、誰しも想像しない日にデビューした。

 考えてみると、Kの誕生日は0106だから、弟くんは0610が気持ち良い、というかカッコ良い。

 

 産院に出かける夫君のかわりにKを見る必要があって、妻は先に長女家族の家に出かけていた。

 生まれそうだ、から生まれたへの移行はこちらの準備が整わないスピードだった。

 「まあなんと幸せなことか」と思うまま仕事を続けるのも就寝するのも違和感があって、近くに行ってみることにした。

 

 予想していなかったから荒美Bではない訳で、歩いて行った。僕の場合、かみさまという存在は像を結ばないのだけれど、途中、何か見えないものに感謝した。

 対面できるとも思わなかったし、そのためではなかったけれど、いくつかのラインのやりとりを僕は運よく誤解して産院の扉を開けてもらえた。「やあ」

 

 彼のデビューについて何かタイトルじみたものは考えたくないので、今日の雑感は「雨雲のはからい」。

 産院に歩いていく前後はそれなりに雨が降っていたのだけれど、うっかり傘無しで出て、その後も僕は気にもとめずに1時間歩けたのだから。

 

 Kくんと同じく、自分の人生を楽しんで歩くことを陰ながら応援する。

鳥の鳴き声               20180604

 

 昨晩は製図に少々疲れて23時半ころ床に就いた。疲労を感じていたから、先方が10人近い打ち合わせに遅れるのが心配で、珍しくスマートフォンの目覚ましを7時にセットした。それで万全だったはずなのに、4時過ぎに目が覚めた。

 早く起きることは特段珍しくはないかもしれないけれど、その時間はあまり知らない。

 夕べ、この季節にしては暑いので窓を開けたままにした。夏至に向けて勢力を増している太陽ではあるけれど、未明には文字が見える程度。

 そのうち、原因が判明した。鳥がにぎやかなのだ。窓を東西開けていたこともあって。

 

 数年前から近所で増えだしたうぐいす。その彼らに負けじと名前を知らない鳥が闘うように歌っている。きっと戦っているのだろう。

 戦っているのに姿や声が美しいのは羨ましいことではないか、などと本当はうつらうつらして考えたいところなのに、思わず明瞭に考えている自分に7時までの時間を思う。

 3時間のあいだ、3度キッチンに行ってトマトジュースを飲んだ。こんな日もある。こんな朝か。そうしたら、あと何回朝があるのだろうかなどと考えたりして。もう、眠れる訳がない。

松山追記                20180601

 

 先月末に松山を再訪した。

 国内出張は不思議なからくりに包まれていて、日帰りよりも一泊の方が廉価になっている。羽田を7時20分に出て、21時ころ帰るのであれば日帰りもできるけれど、よほどスケジュールが混んでいない限り一泊の方が有難いので、ほとんどそのようにしている。

 今回は二日目にすべきことが少なかったので、宇和島を訪ねることができた。(施主と監督が宇和島の方で、とても興味があった。)

 宇和島に着いて、宇和島鯛めしを食べた。とても美味しい。意外だったのは、ジャコ天がこれまでのどこより新鮮な感じで美味しかったのと、おからを使った丸寿司が楽しかったこと。

 施主のお知り合いが下灘という中国人観光客も訪れる、無人駅の前にカフェを出されているのだけれど、こちらは定休日だった。

 うぐいすが声を争って鳴く一日だった。

スタジオ完成              20180519

 

 何度か途中で触れてきた愛媛松山のスタジオが完成した。

 水野謙治さんとおっしゃる海外からも注目されて受賞の多いフォトグラファーのスタジオだ。ご覧ください。

 上の写真の左は僕が造った模型。少し前だったけれど、水野さんは喜んでくださってご自身のHPに写真を掲載された。右は最近撮られた竣工時の写真。

 計画段階では、多くのスタジオがビルの中にあることからもわかるように、外界との接触は期待の中に無かった。

 それでも、愛媛松山の郊外という立地や、カメラマンのワークショップが多く開催されそうなお話から、ある意味無機質なスタジオと人が語らう場所の共存を考えたいと思った。

 

 結果はこれから判明することになる。

 僕の意図は、自然光を取り入れ反射させ、ときに遮断して暗闇にすること。さあどうだろうか。

足手まとい              20180514

 

 先月末から心が少し軽くなった僕は、休酒(荒美Bという)したり遠出の散歩(8㎞くらい)をしたりなどと健康的に過ごそうとしている。

 そんな気分のせいか、自宅兼事務所の螺旋階段にぶら下がってみた。これは専ら背筋を伸ばそうと思ってのことだったけれど、自分の重さに驚く。正確に言えば、わかっていたことを確認したはずだったのに衝撃があった。

 懸垂など夢のまた夢。しかしながら、ぶら下がり方がボルダリストのように指先をかけただけなので、鉄棒を逆手に持ったら少しは違うのではないかと思った。

 

 翌日、長女と孫Kが訪ねてきて妻と4人で近くの公園に出かけた。さりげなく低いウンテイに足を地面に着けたままぶら下がってみる。あがくまでもなく状況に変化のないことが理解できた。おっさんサッカーをそれなりに楽しんでいたはずなのにと思って、それから十数年が経過したことに気付き、毎日昼休みに隅田川テラスを4㎞歩いていたはずなのにと思ってこれも4年前だと判明する。

 

 

 何か災害などがあったとき、家族や孫Kを守り導くために多少は鍛えなくてはいけないのではないか・・・と思ったことが何度となくある。ところが残念なことに助けられる側に回ってしまっているようだ。足手まとい、という言葉が浮かぶ。

 しかし、無責任かも知れないけれどスッキリした。鍛える、という努力目標ではなくて最低限の義務だと明らかになったのだから。気負うことなく粛々と実行せねばなるまい。

GW                 20180509

 

 久しぶりにゴールデンウィークらしい時間を過ごした。

 最後の検査で追加書類などを求められていた松山の現場が、4月25日に終了してホッとした。

 27日に間に合わないとお客様にも申し訳ないし、こころに引っかかったままゴールデンウィークに突入しなければならないところだった。

 

 検査済証を取得した25日の翌日は、藤が見ごろピークだという足利フラワーパークに出かけることになっていた。これは妻の発案で、母二人を案内するというもの。ひょっとしたら延期をお願いするかも知れない、と話していたけれど気持ちよく出発できた。

 足利フラワーパークは大変人気のあるところらしくて賑わっていたけれど、朝6時出発だったから駐車場も食事も混雑の前に滑り込めて、とても気持ちの良い一日になった。

 

 藤が大変見事なのに驚き、園内隅々に管理者の目が行き届いている様子に好感を持って、そうしたら花の美しさ愛らしさに素直な共感ができるようだった。

 

 その後も休みらしい日が続いて、長女・孫Kと食事にでかけたり、水族館に行ったりして、5日には妻と川越の小江戸を2万歩歩き回った。

 個人で仕事をしていると、曜日の感覚が薄れてきてしまうけれど、オンオフをしっかり作らないといけない、というよりそのことの楽しさを思い出すゴールデンウィークになった。