雑感

 設計とは別に思ったことに

腹を抱えて               20220516

 

 かまた君の思い出を辿っていたら、高校時代に飛んだ。

 

 僕が腹を抱えて、涙をながしながら声を出せずに、痙攣するように笑ったのは多摩川の河原だった。

 

 僕が通学した都立立川高校には、いくつもの伝統行事があって、その一つが体育祭の応援合戦だった。

 10月の体育祭に向けて、4月の終わりには応援団が組織されて、キャンバスと呼んだ、幅7メートル×高さ4メートルくらいの構造物の前で団舞する。キャンバスは、木と針金の枠組みに電話帳や新聞紙を半年かけて貼り重ねていくという、高校生でなくてはできないイベントだった。

 1学年8クラスを4チームに分けるもので、3年生は参加が一部なのでそれぞれ170人くらいの構成だっただろうか。

 

 入学時に、市民ホールを借りての新入生歓迎会が開かれるのだけれど、その終盤、突然照明が落とされてタスキをかけた集団が舞台と客席通路を埋めた。統率されて館内に響き渡るエールの声に僕は感激して、きっと応援団に加わりたいと思った。

 

 いざ参加してみると、想像以上にキツイ練習だった。

 直立から膝を少し曲げて、その分後傾して両腕を水平より少し上げる姿勢。右足を一歩前に出して卍型のように前後の膝を直角にして右手を水平にあげる姿勢。今だったらほんの少ししか持たないもの。

 スパルタがどの分野にも残っていたので、先輩2年生の指示は過酷で、遅刻する仲間がいると、それらの姿勢を10分20分と強制された。夏休みの練習では、詰め襟学生服の背中に塩が浮き上がった。

 それで、本番を迎えて頑張ったら僕たちDG組の優勝だった。先輩に感謝。

 

 2年生になって応援団を組織しようと相談を始めたら、普通十数名いるはずの経験者が数名だった。その中で、昨年優勝しているのは僕だから団長になった。

 

 EBチームは1年生12~13名が手を挙げてくれて、確かかどうかわからないけれど、最後まで離脱する人はなかったのではないかと思う。僕は、団長の特権としてスケジュールを決めることができたから、夏休み中の練習を他チームの半分に減らした。権威ぶった3年生から非難されたけれど、なぜかまったく動じなかった。

 出席率50%の30日より、出席率100%の15日が良いと。

 

 さて、前段がとても長くなったけれど、僕が腹を抱えて、しかし声をだせずに笑ったのはこの夏休み練習のとき。

 多摩川で、先に書いた姿勢を一年後輩たちに強制した。真夏の炎天下で伝統のように学ランの背中を白く染めた彼らは、横一列だから誰の姿も確認できないまま、一人二人と泣き出してそれは全員に波及した。みな姿勢を変えずに。

 手は、水平など確保できずに落ちてくる。それを、なぜか顎を持ち上げて支えようとする。そして、学ランに届く涙を流しながら仲間に「がんばれ」と声をかけ続けた。

 

 僕は腹の底というかどこからかわからない感情に突き動かされて、彼らの背後に回って笑った。笑うことが自分でも衝撃だった。

ただひたすら美しかったから。  

 

 団長としての独善的な振る舞いが正しかったかどうか判断することはできないけれど、女子チームの活躍もあって彼らは当然のように優勝したし、その翌年、僕が3年のとき、4チームに分かれた全員がまたも涙を流しながら集まって来てくれたのだから、きっと良いこともあったはずだ。

 みんなありがとう。

旧友                  20220515

 

 一昨日、友人が企画した大学時代の仲間の社長就任を祝う小さな集まりに出席した。6名。

 その中には大手ゼネコンの執行副社長に就いた人や、これは前に記したけれど、建築学会文化賞を受けた友人もいて、ある意味気後れしても仕方のない状況だけれど、学生時代の記憶が勝るから遠慮もなにもない。

 そこで話そうかと思いながら、接点のないひともいたのでしまっておいた鎮魂。

 

 かまた君は、30歳を迎える前に自死した。夕食後に、ふと出かけると言って、家族のもとに帰らず、海からの帰宅になった。鹿児島の、地元有力者である設計事務所を継いで、お子さんにも恵まれて順風満帆に見えていた。なぜ海に入ったかは奥さんも驚いた状況だったので、きっと誰にもわからないだろう。

 今回のお祝い発案者のいしざき君は、川内市も訪ねて弔いに力を注いだけれど、論評のようなことには応じない。

 

鎮魂エピソード1

 学生時代、「あらみ、とんかつ好きか?」と問われ、「大好きだ」と返事した。すると、「とんかつの旨い店はたくさんあっても、キャベツの美味い店を知っているか?」と聞き直してきた。

 「急には思い浮かばない」、「じゃあ俺のアパートに来い、すぐそばにその店があるから」、「おお、そうか」

 出かけてみると、それはふわふわで、キャベツとは思えない美味しさだった。驚いた僕に、かまた君は横からのぞき込むようにして「どうだ、旨いだろ」と言った。

 

鎮魂エピソード2

 みなが社会人あるいは大学院生になったころ、かまた君から仲間に上京するという連絡があった。それなりに早い時期に設定されていた飲み会は、道玄坂を登り切ったまだ先の店で、全員がなんとかたどり着いた風だった。

 たどり着いたと言いたいのは、横殴りの風雨が尋常でなく、JR線も止まりそうだったからで、しかもウィークディなのでひとりずつメンバーが減っていった。うめざわ君とかまた君、僕の3人になってしばらくして、「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と言ったら、なんとかまた君は「どこに泊まったらいい?」と聞き返してきた。「こ、これが御曹司というものか!」

 それから、うめざわ君と一緒に店の電話を占拠してホテルにかけまくった。結局、何も見つからず、タクシーを呼ぶことにも難儀して、最後にたどり着いたのは新宿区役所そばのカプセルホテルだった。

 台風だったかどうか、翌朝は青空が広がって、かまた君は「晴れたね」と言った。

 その時、一緒に苦笑したのが今回の社長就任祝いの主人公、うめざわ君だ。(ダンスクの盛り皿をくれた人)

 かまた、天国で元気か。

護憲・改憲               20220504

 

 僕は高校生のころに読んだ記事で忘れないものがあって、それは

「履き古したジーンズやシャツの青年の尻ポケットに、折り曲げられた朝日ジャーナルが突っ込まれているのがカッコいい」という内容だった。

 ロックミュージックに象徴される束縛されない自由な世界を望みながら、体制には対抗するという意味で、「おお、そうなのか」と感心した覚えがある。

 

 そこにあった共通理解は、「二度と周辺国に被害を与えてはならない」ということだったはずだ。実際、国力には格差があった。

 ところが、そんな牧歌的な時代は過ぎ去って、被害をこうむりかねない国になっている。

 

 今回のロシアによるウクライナ侵攻で、にわかに日本も軍備増強を考えるべきだ・・・という意見が散見されるようになった。共産党は、逼迫すれば自衛隊の力を投入してもよいかも・・などと言い出している。

 

 そこで常に論議の対象になるのが、憲法9条の扱いだ。

 批判を恐れずに言えば、共産党や他野党の多くは、護憲を自身の生活の糧にしてきたとしか思えない。

 なぜなら、国民の命を護るのならば時々刻々と対応するのが当たり前なのに、そんな提案を一度も聞いたことがないからだ。

 

「本心はどこにあるのか?」

 

 まずは、「スパイ防止法」を国会に上程して欲しい。

北海道                 20220429

 

 先日、北海道に行ってきた。

 コロナ明けのゴールデンウィークは結構な混雑が予想されるから、日ごろから曜日の無い僕はこれを避けない手はない。

 

 北海道は何十年も前に一度行っただけで、それも仕事がらみだったからある意味初めての北海道ともいえる。

 その時は札幌と小樽を中心に、ホテルや飲食店を見て回った。だから、今回は登別温泉・十勝川温泉・えりも岬を巡るツアー。

 

 ツアーは八重山諸島に次ぐ2回目で、探して調べて動く旅行も好きだけれど、今回のように息抜きが目的のときは大変重宝する。実際問題として、八重山は船と車を乗り継ぐし、北海道は移動距離がとても長いので、2泊程度ならツアーがらくちんだ。

 上の写真が日高山脈を背景にした支笏湖で、えりも岬風の館、新冠のサラブレッド育成牧場。

 えりも岬はすごい霧で何も見えなかったけれど、南下、北上の海岸線は印象的だった。

 ふたつの温泉は、比較材料は多くない前提で、とても柔らかい湯で何度でも行きたいと思わされた。食事はどこもおいしい。

 

 広いということは時に退屈だけれど、とても気持ち良い。

大人の対応               20220427

 

 「大人の対応」という言葉があって、それは子供と違って我を出さずに全体に奉仕する・・・という意味かと思う。

 僕の場合は、こういうところでは辛辣なことを言ったりするけれど、基本的に争ったり対立することは避けたい性分なので、大人の対応と自賛したい気持ちがありながら、結果的に「気弱な対応」なのかも知れない。

 

 ここしばらくTVを見なかったので、ウクライナ政府公式サイトに、「1945年に敗北したナチズムと全体主義」という見出しの中、ヒトラーとムッソリーニ、昭和天皇の写真を並べたという記事を今日読んだ。

 

 第二次世界大戦をどのようにとらえるかは、個人個人に委ねられるべきだろう。だから、違った評価があってよい。

 しかし、ウクライナ政府は、抗議が寄せられると慌てて削除して釈明に努めたらしい。まるで喜劇のようだ。

 

 日本政府は、遺憾の意を伝えながらも支援は継続するという。これも、僕は賛成だ。ただ、大人の対応ばかりでなく真剣に怒るべきだと思う。侮辱という埃は完全に振り落とさなければならない。

 

 

 昨日飛行機で、斜め前の人のモニターで「鬼滅の刃」を見た。音声無しで。これだけの人気なのに、僕は何も知らない。それでも、誇りと愛の物語なのだということはわかった。

ポケットに手              20220412

 

 ロシアのウクライナ侵攻のニュースで、民間人虐殺のあったブチャをゼレンスキー大統領が訪れた映像を見た。

 ゼレンスキー大統領は、部下を従えて荒れ果てた光景を前にして、両手をズボンのポケットに入れていた。大平正芳なら跪いただろう。

 

 アメリカのインタビュー番組などを見るとき、敬うべき相手の前で椅子の背に体を預け、足を組む姿に驚くことがある。

 日本とは文化が違うし、日本でも最近は許容されるのかとも思うけれど、少なくない日本人は違和感を覚えるのではないか。

 

 今回の戦争(侵略)がなぜ勃発したかは明確にはわからないけれど、結果的にアメリカの代理戦争となっていることは疑いがない。

 加えて、戦端を開いたその場に、ゼレンスキー大統領がいたことも間違いない。それでポケットか。

 

 アフガニスタンでは、アメリカ軍の若い、というより幼い、兵士が恐怖のあまり動くものに反射的に自動小銃を撃ったと読んだ。

 

 きびしい。明日のわが身ではないのか。

 

 僕たち世代は、ガンジーの非武装主義「方頬を打たれれば、もう一方を差し出せ」を繰り返し教わり、ここに高邁な真実があることを感じている。しかし、ガンジーはその終結に向けてどれだけの人的被害を、数として、想定したのだろうか。

 その、人的被害の一人になりたくないというのは正直な思いだ。まして家族・親族であれば。

いいね!                20220402

 

 仕事のスケジュールが少し動いたので、一昨日は孫たち母息子と歩いて行かれる公園でおにぎり花見をした。(僕だけ缶チューハイ 笑)

 それで、昨日はこの新年度で孫Kが小学区入学、Rが幼稚園入園なので、長女家族4人と僕たち夫婦は近所で評判の高い中華料理店で小さなお祝いをした。

 先月から今月は、卒業式入学式で華やいだ雰囲気が感じられる。

 

 僕はかねてから、このシーズンに着飾った女性に、「きれいだよ」という意味の言葉を投げかけたいと思うのだけれど、イタリアでもあるまいし、変なおじさんと思わせるのも気の毒なので、実践したことはない。

 明らかに彼女たちは時間をかけて準備して、その瞬間を謳歌して誇っているのだから、声を発してもよさそうなものだけれど、やっぱりできない。こちらが複数ならまだ気安いと思っても、そういう似た感性の男は多くない。

 まあある意味、僕の限界なのかも知れないけれど残念だ。

 

 今日、散歩がてらワインなどをスーパーマーケットで購入して歩いているとき、反対側車線に見たことのない車が追い付いてきて信号で停まった。

 すごいオンボロで、外装ペンキも剝がれているのに、エンジン音は確かだ。二人乗りで、昔、富士重工が作っていた小さな車サイズに近いけれど形は明らかに違う。気配としては、小さかった時のミニクーパーを2/3にした感じで、40~50の男性が一人で乗っていた。

 

 じろじろ僕がみていたから、運転者がこちらを見た。その時、ワインの袋を持ったまま親指を立てて持ち上げた。

 彼は静かに口角を上げて笑顔を作った。信号が青になって走り始めたとき、エンジンはより逞しく鳴っている気がした。

 

 それで思い出したのは、やはり近くのコンビニエンスストアで相当に古い車を見かけたときに同じことをして、その時は運転者が破顔したことだ。

 

 小さな小さな幸福の瞬間だけれど、男にしか振る舞えないなんて。・・・

大平正芳総理              20220330

 

 僕は学生の頃、明るい時間に扉を開けたとき、たまたま大平正芳総理の急死のニュースに出くわした。「ふーん」と思っただけだったのに涙が零れ落ちて動揺した。

 少しも関心が無くてどんな人かも知らなかったのになぜだろうと。もちろん、「あー、うー」という答弁は見ていたけれど。

 

 ゼレンスキー大統領が世界中の礼賛を受けている様子を見て、ますます好きになれない自分がいる。

 それはきっと、知らぬうちに大平首相に親愛感を持っていたこととちょうど逆の感情だと気付いた。

 

 まあ、これはこの雑感にしか記せない内容かも知れないけれど、僕にとってはとても重要だ。

 先日の話に続ければ、もはやフェイクか非フェイクか、理性的に判断するのは期待できない気がする。

 

 大事なのは自分の心の手触りなのだ。きっと。そして、この場合の心は、気持ちを開放できる環境、ひとりきりか、家族親族との時間で計るものだろう。きっと。

手触り                 20220323

 

 南伸坊さんというアーティストを知っている人は多くないだろう。

 僕は、高校2年のときに、ざら紙でスタートした月刊宝島で不思議な存在感を発揮していることに驚いた記憶がある。

 でも、その連載では、嵐山光三郎さんや片岡義男さんも異彩を放っていたので、筆頭ということではなかった。

 

 その後、赤瀬川源平さんのへんてこりんな集まりのメンバーだったりしているところを見かけた記憶があるけれど、ご本人が描いている通りおむすび頭ばかりが記憶だった。

 最近触れた、原田マハさんの「楽園のカンヴァス」も大変楽しんだけれど、一枚の絵はまだ途中ながら知らなかったことが多くて、それを知ることで視界が広がっていくことに快感がある。

 

 芥川龍之介の河童は枕の脇に少し前からあって、原田マハさんの一枚の絵の影響か、誰が表紙を作ったのだろうと思った。

 カバーの裏側に南伸坊とあって、嬉しく驚いた。うーん。

 

 養老孟子さんの、鎌倉の家に線画で馬と鹿を描いている番組を見たことがあった。なんだか楽しそうでうらやましい。

フェイク2               20220321

 

 羽鳥さんのモーニングショーで見かける、九州の公立高校からハーバード大学、ジュリアーノ音楽院で学んだというバイオリニストを紹介する記事を読んだ。

 印象深かったのは、ハーバード大学では社交性こそ習得すべき能力とされていたという話。学生の間で「学業、社交、睡眠、この内2つしか得られない」と、言い交されていたらしい。もちろん、あきらめるのは睡眠とのこと。

 

 似ているかどうか、以前勤務した会社の社長は、大学ではないけれどIBMの研修制度で、数週間アメリカで過ごした経験を振り返って話してくれた。「寝るのは数時間だった。常にレポートの提出を求められるのに、みな、ゴルフやテニスを断らないから逃げる訳にいかない。能力が拮抗すれば体力勝負なんだ。」

 

 この二つから僕が読み取るのは、「しっかり主張すること。それができなければ相手が正義になる。」ということだ。

 

 ウクライナ侵攻の結果はまだ見守りたい。もちろん、民間人を狙撃するロシア軍、それを無いこととするプーチンの行く末は悲惨だとして。

 

 僕が今思うのは、隣国韓国と懸案になっている慰安婦問題と徴用工問題、そして中国が主張する南京大虐殺(30万人と中国は主張)だ。

 何が正しいか、僕は判断できないけれど、子孫に暗い影を残さないために正面から論争してほしい。体力で負けないように。(この場合の体力は国民の体力だ)

 慰安婦となった人の苦しみや悔しさに目を背けることはしないし、中国で虐殺行為が無かったと思わない。しかし、特に徴用工問題は個人的に看過できない。ちゃんとテーブルに載せよう。

 

 やはり思うのは、話し相手の体力や圧力に五分五分で対抗してこその論議であるべきだということ。それが唯一子孫への説明の立脚点になる。

 

付足:安倍元首相の「美しい日本」という言葉にがっかりしたし、その頃発表された新憲法草案にはあきれた。ちょっと・・・

痛い痛い!               20220320

 

 辛いと痛いは、同じなのか。

これは辛い。

市販されているとは信じがたい。

子供が食べたらひきつけを起こすかも知れない。注意書きはあるようだけれど。

 

何度か記したように、僕は辛いものが好きだけれど強いわけではない。それでも。

 

これがどれだけ辛かったかというと、二口食べて椅子から立ち上がった。どうしようと言うのではなくて、立ち上がらざるを得ないという感じで。

 手元にあった麦茶に、逆効果だと知りつつも助けを求め、やっぱりもっと痛くなったので沈黙のまま困っていると、妻が「牛乳?あ、でも無いから豆乳」とフォローしてくれる。

 その後、言葉を発するまで数分間。

 

 そのまま捨てるのは良心も痛むし、冷めればまた違うかもという期待もあって数時間後に麺を2本食べた。痛い。痛い。

 

 こんなもの販売していいのか。僕が弱すぎるのか。

 

 激辛を完食する番組が好きだったけれど、本当にもっと辛いのか痛いのか。たぶん、もう見ない。勝手にやってください。

(パッケージ写真見るだけで汗が出てきた)

フェイク                20220318

 

 小学校3年生のいつだったか、最寄りの私鉄駅改札を通り抜けたとき(普段は一人で電車に乗ることは少なかったはずだけれど)「生きる意味なんてないのでは」という疑問が心に浮かんだ。

 それは幼いなりに衝撃的で、ずっと忘れることはなかった。

 

 大人になれば、生きる意味はいざ知らず、生きる価値を見つけ出そう・・・ということに落ち着くけれど、子供には誰もそんな知恵を与えてくれなかった。

 

 その後、「あなたの見ている赤という色が、隣の人の赤と同じか確かめる術がない」という指摘を読んだ。これも小さな衝撃だった、

 

 二日前だったか、夜更けの番組にAIを駆使した映像を紹介するものがあった。ドガの自画像やダリが喋り、トランプ元大統領やオバマ元大統領の演説は、英語の唇の動きに疎いこともあって、まずフェイクだと気付かないと思った。いや、もちろん唇もAI処理後なのだけれど。

 

 どんな世界になるのだろう。

 

 

 ロシアのウクライナ侵攻を訴えるウクライナの映像に、ずっと小さな違和感を持ち続けている。フェイクとは思わないけれど、カメラマンと配信側の意図の匂いが付きまとうのだ。今日はロシア兵の銃撃で左腕を失った9才少女のコメントがあって、それは、僕の能力の限界かも知れないけれど、理解しがたい立派さだった。

 

 ゼレンスキー大統領が、アメリカ議会でオンライン演説をした。「真珠湾攻撃や、9.11テロを思い出してください」という場面で耳を疑った。日本の国会でも演説するのなら、再現して欲しい。

 

 太平洋戦争終結直前の、東京他無差別爆撃と2度にわたる原爆投下を知らないはずがない。それに、ウクライナはソ連崩壊後は別として、原爆投下直後に日ソ不可侵条約を一方的に破って、何十万人という日本人をシベリアに抑留し、北方領土を奪った、そのソ連の主要エリアでなかったか。

 

 ゼレンスキー大統領をヒーローに担ぎ上げるのは自由だ。しかし、この演説に日本の誰も声を挙げないのは、AIのフェイク以上のフェイクに見える。悲

 

 また感情あらわですみません。良い明日を。 

出張メモ                20220316

 

 先日中国出張の写真を貼って、その前後でいくつかの出張写真をかえりみた。せっかくだから、ここに残しておこう。

 上左の写真は、大連の工場のもの。ここでメジャーを当てながら、時に言い争いになりかねない時もあるけれど、彼らは大人なので納めてくれる。仕事は超迅速で、もし営業所開設を大連か東京か迷う人が目の前に居たら、僕は100%大連を勧める。

 能力でなく必死さの違いで。彼らは仕事に飢えている。ぼんやりした奴は消えていくばかりなのだろう。

 

 その右の写真は、中国スタッフが選定してくれた火鍋屋さんのもの。中国が3大料理大国なのは疑わないけれど、末端までおいしいかと聞かれたら疑問符がつく。まあ、単なる塩や油加減の好みかもしれないけれど。

 

 最後の写真は、前回部屋を写したホテルの朝食。海外に出るたびに思うのは、朝食の目玉焼きとベーコンの違いだ。なぜ日本は・・・と毎回思う。

 この写真は、愛媛県松山市に出かけていたころのもの。現場は松山空港から車で40分くらいで、道後温泉は松山からも空港からも近かったから、何度か訪ねることができた。

 国際コンペで何度も受賞しているカメラマン建て主が、松山空港で「鯛めし」を教えてくれた。言葉をうしなう絶品。

 

 感激したものの、空港内にあるチェーン店を評価できないこともあったので、かなりの範囲をレンタカーで動きながら「鯛めし」を食べたけれど、名古屋駅新幹線構内の「味噌煮込みうどん(名古屋コーチン)」とは違って、味も値段も同等だった。と思う。

 最後の写真は、石垣島出張のもの。常宿としているホテルの朝食会場と、部屋、それにある日の朝食。

 ただ、この朝食選択は自分でも信じられない炭水化物の行進。僕は食べ物を残したくないので、きっと完食しただろう。覚えていないけど、

 まあ、両端に写っているスプーンと箸を見ると、プレート自体がさして大きくないとも考えたいけれど、なんだクロワッサンとベーグルとは・・・泣

新聞紙面                20220314

 

 ごくたまに、暗い時間に目が覚めたとき新聞配達のバイク音を聞くことがある。家の前の道は突き当りで階段になってしまうから、僕の家に朝刊を届けてくれる人は十数件のポストに放り込んでもおかしくないけれど、ベッドで聞いている限りすぐにUターンする。

 その不確か情報で新聞の購読率を判断はしないけれど、同じグループと想像できる資源ゴミ回収では、我が家とは違う新聞社が1~2軒あるばかりだ。

 

 インターネットを使わない母が毎朝新聞を読むからとり続けているけれど、妻はネットだし僕も熱心に読むのは数日に一回程度だ。   

 そのくらいの接点だけれど、数年前から新聞紙面のチラシ感は見過ごせない気がしている。

 それは、テレビ番組と同じか、それ以上の劣化だ。

 もちろん、自由な経済活動だから、新聞社を責めたいのではない。ただ、値上げしてもよいから気持ち良いものを手にしたいのだ。

 多分、定期購読していない人が見たらあきれると思う。青汁広告が見開き全面を使って、乳酸菌100億個という文字が一面トップの見出しより大きいのだから。(そんな広告が、例えば紙面30頁のうち半分を占めている)

 

 同じ文脈で触れたいのがBS放送。BS1と3以外はショップか韓国ドラマ、ああいや、NHKでも韓国ドラマ多数。

 

 コロナで数年出張できていないけれど、中国のホテルでは一般放送で100チャンネル以上が視聴できて、探した経験では日本のニュースは50番目チャンネルくらいだった。

 もちろんその番組連の完成度や質はわからないけれど、日本の放送法や電波法が機会を奪っているのなら亡国政策だ。

 まだ今のところ、無理をしないでもこんなホテルに泊まれる(^.^) 

建築士小説               20220311

 

 横山秀夫さんの2019年の文庫化小説「ノースライト」を読んだ。建築家と自称することをためらう一級建築士が、渾身の住宅を完成させたのに、建て主が失踪するというミステリーだ。

 僕自身がこの業界のどこまでを体感しているか問われないとして、小説家が一業種である設計関連に携わる人間の息遣いを描いて見せる力に、小さな違和感がなくはないけれど、大いに感嘆した。

 

 僕は殺人事件から始まる小説を拒否したいから、ミステリーとは縁が薄い。それなのに書店で手に取ったのは、友人INB君に読んでみたらと勧められた短編の記憶が強かったからだ。読み進んで、ある場面にさしかかったとき本当に震えた。

 その震えた短編小説の題名は忘れてしまった。記憶にあるのは、選者がいて、3㎝くらいの厚さに相当数の短編を集めた文庫本だったことだ。

 さて、そのノースライトを読んで思い出したエピソードを書きたかったのが今回の雑感の動機なのだけれど、その前にINBさん、稲葉なおとさんの小説を紹介しておこう。100倍くらい楽しいので。

 

 で、エピソード。

 この雑感のメニューのひとつ上にある「宿(休息する龍)」の設計着手時のこと。

 

 ある日ある時、建て主とその関係者と共に、関西では有名なゼネコン設計部に乗り込んだ。発端は建て主がそのゼネコン設計部の対応に不満があったからで、僕は救世主になれる可能性があった。

 1時間から2時間程度の会議で、十余名が居並ぶ敵地であることも忘れて問題点を指摘して改善の可能性を問うた。

 

 結果的に僕たちの事務所が設計することになった。ゼネコンの営業役員の方が穏健な収集を図ったためだけれど、誤算は設計を譲るから施工はこれまで通りに、という暗黙の約束を建て主が数か月後に反故にしたことだ。彼らには立つ瀬がない。

 でも、わがままばかりではない。2割も低い見積を全国規模の大手ゼネコンが提示したのだ。僕は、関西の非常に小さな設計業界で母校の評判を落としたらしい。まあ、面と向かって言ってこられない人たちの話だけれど。

キエフの街角              20220310  

 

 グーグルマップでキエフを散歩してみた。ほんの少しだけれど、とても整然としていてかつ清潔な印象が強かった。僕の経験では、最近の日本以上に埃を感じない場所は珍しいのではないかと思う。    

 なぜプーチンは・・という返事の得られない問いかけと同時に思うのは、手触りや時間を慈しんで味方にしようとする試みを放棄する理由だ。

 もし仮に、ここしばらく勝利に酔ったとしても、リアリズムで考えれば、いずれ地獄に落ちるしかない。こんなに勝ち目のない虚しい暴挙も珍しい。狂ったのか。

 

 ワイドショーなどで、ゼレンスキー大統領は国民の命を一つでも救うために妥協すべきと発言する雇われコメンテーターも居たけれど、「手触りと時間」こそが生きる意味だと感じたことはあるのだろうか。少なくとも、太平洋戦争の日本を引き合いに出すのはやめてもらいたい。双方に失礼だ。

 

 感情をあらわにしてしまってすみません。楽しい明日を。

モデルナ                20220307

 

 一昨日、日曜日にコロナワクチン「モデルナ」を受けた。

 昨日、妻は高熱で体が痛いと言っていた。僕は、若い人ほど反応が大きいと聞いていたから、「自慢してない?」などとふざけていたのだけれど、昨晩寝る前に、頭が痛いものだから、最近の腰痛はあちこちに波及するなあ・・・などと思っていたら、今朝、体中がバキバキだった。おお副反応!!妻は「遅い」とひとこと。

 体温は、普段と変わりないと思っていたのに38度。

 

 記憶を辿るに、体温が38度を超えたのは小学生の時と、10年ほど前のインフルエンザくらいだったから、重大事のはずなのに気づかないことこそ老化か。涙

 

 さて、遅まきながらも副反応を示したということは、抗体ができたとみなしてよいだろうから一安心。副反応がひどいから今日は仕事をしないと宣言してこの雑感。

 

 自分で描いたものとしては気に入っている絵を3枚、仕事部屋の地下に置いているのだけれど、そこに陽が当たっていて少し驚いた。陽射しをたどってみると玄関の小さな窓らしい。断面図をいくら描いてもわからない偶然。

 ついでに昨日の朝食写真を一枚。最近は全粒粉というパンを食べている。おいしい。!(^^)!

キッチンカー              20220303

 

 BSをつけっぱなしにしていると、時々「ストリートキッチン」という番組に出くわす。

 世界各国の昼食を中心にして、キッチンカーや開放的な路面店を取材するものだ。人気店を探すからおいしそうなものが多くて、中南米や中央アジアなど、郷土の味を誇っているオーナーの働きぶりが気持ち良いし楽しい。

 

 今日は横浜市役所に出かけて、新市庁舎と運河の間にキッチンカーが何台か出ていたけれど、どちらかと言うと弁当屋さんだし、エスニックとかではなかったので寄らなかった。駐車料金も高いし。

 

 昨日の晩には、そうした番組が頭にあったからか、豆料理が食べたくなったのでブラジル料理を検索して作っていた。

 

 キドニービーンズを中心に、牛肉とベーコン、ウィンナーを煮込んだものと、じゃがいも、プレーンなスパゲティ。

 うんうん、エスニックだ。笑

日曜日                 20220302

 

 一昨日の日曜日に、久しぶりにレシピ本を見ながら食事を作った。いくつかの完了検査や着工スケジュールにどきどきさせられていたから、こんな時間がうれしい。

 

 本をめくって、これにしてみようかと思ったのが牛肉を混ぜたお稲荷さんとグレープフルーツのサラダ。

 選んだ動機は簡単そうに見えたからなのだけれど、稲荷ずしは想像とまるで違って苦闘した。

 

 最後は妻の助けを借りて完成した。

 慣れていれば少しも難しくないのかも知れないと思っても、油揚げをやさしく下ごしらえしながら・・・計量もそれなりに面倒・・・ 牛肉とか人参とかスナップエンドウなど鍋がたくさん必要になる。

 おにぎりの延長線ではなかった。

 

 とりのささみと水菜、グレープフルーツのサラダは塩とオリーブオイルだけの味付けなのに、とても美味しかった。

 月曜火曜は、同じ本からキャベツの肉巻きや豆乳と鮭のグラタンなど(妻による)。

 

 ウクライナのニュースがなければもっと美味しいのにと思う。

午前6時                20220222

 

 午前6時起床というのは早いのだろうか、それとも当たり前なのだろうか。

 僕は夜12時前に寝ることはほとんどなくて、午前1時くらいが多いからそれなりに早い気がする。

 

 明るくなって目が覚めても、それからもう一度夢を見るのが好きだから、と言っても楽しい夢は滅多にないけれど、たいてい二度寝する。(本当は8時間寝たい)

 でもここしばらくは、後から眠くなってもその時寝ればいいや、と活動を開始したりしている。

 着替えて、コーヒーを入れて、というだけだから、今朝などは6時15分に机に着いた。

 

 居間兼食堂のカーテンを開けたら、青い時間のすぐ後らしい柔らかな空のあかりが漏れ入ってきた。

 伊予柑が美しいと思ったので、地下にスマホを取りに行って写真を撮った。

 

 器は、30歳すぎくらいに友人の結婚祝いをしたときに、お返しでもらったものだ。包みを開けたときはそのコントラストに多少驚いたけれど、後から大変気に入って、妻も大好きだからずっと愛用している。