ある設計依頼(例)

住まい作りでふと出会うこともあります。

 この写真は神奈川県の海を望む丘の中腹にできた住宅の、ダイニングキッチンです。

 

 このお住まいの様子をご覧いただくと同時に、設計のきっかけについて記します。

 私が以前勤めていた会社は、日本IBMの社宅など、住まいに関するサービスを提供していて、その延長線に新築住宅の相談や提案機会がありました。

 IBMに限らずIT系の会社や商社とも提携がありましたから、その当時私が設計をした家の建て主はほとんどがそのグループに属されていました。

 ほとんどと言っても総数は多くないので決めつけられませんが、みなさん思考に合理性があるのが大変ありがたかったです。設計を進めるということは合理による合意がベースになります。

 個人的意見ですが、ご夫婦が感性と合理性判断を分担されるのが理想的です。(最も難しいのは感性の衝突です 笑)

 前段が長くなりました。

 ある日、相談を一括して受ける担当者から転送がありました。

「家を建て替えるので、廉価誠実な解体業者を紹介してほしい」という文面で、単なる紹介でしたら設計者の出番などありませんが、解体工事に際して一般以上の配慮が必要らしい、ということがわかったので、私としては信頼が置ける、顔の見える工務店さんを案内しようと思いました。

 

 建て主が逡巡されていたのは、建て替え前(既存住宅)の基礎が大きいので、隣近所に不安を与えたくないというもので、言葉はよくないけれど「面白いな」と私は思いました。

 

 伴った工務店社長さんをさしおいて、「建て替え計画自体を提案させていただけませんか」と申し出ると、「もう9社から提案を受けていて、二つに絞ったところだから期待に沿えせんよ」との返答。

 「もちろん、承知の上です」

 

 楽しく構想を練ってお届けしました。(左写真の模型は受注後です)

 2週間3週間、待っても返信がないのでもう一度解体の話に戻そうと考え始めた1か月あまり後のこと。電話をいただいたら沈痛に感じられる声でしたので「お気になさらずに、こちらの勝手なお願いでしたから」と頭の中で組み立てていたら「荒美さんに決めました」・・・。 

 

 私が提案したのは、建て替え前の基礎の3分の1を残して海を望む大きなバルコニーを作ることでした。(構造的な整合性に腐心しました)写真のように日照を阻害しない材料を駆使して。

 平面計画的には箱の中に少し小さな箱を作って斜めにして、すきまにいろいろなコーナーを設ける提案にしました。

 家事コーナー、トイレ、三角出窓など。

 でも、一番大切に思ったのは気持ちよく風が通り抜けること。

 実施設計が始まってみると、ご夫婦で美術好きなためギャラリーが欲しい、とか、ロフトに海の見える書斎が欲しい、とか、和室のありようは・・・などたくさんの要望が噴出しました。

 

 冒頭に記した感性と合理性判断の役割分担は、美術館に通われる奥様と、IT系企業で活躍されるご主人が実践されました。

 

 お客様にとっても、設計者にとっても想像力の限界を超えるには、出会いがなにより大切です。

 設計契約のとき、ご夫婦から「実は一目ぼれだったんですよ」と言っていただいたのは今でも私の勲章です。

 

 最後に、

 上の方、2番目のらせん階段の写真が少し幻想的なのは、写真のテクニックもありますが突き当りの壁に隅がないことも大きいです。曲線の壁にしてもらうために大工さんにお願いすると「よし、わかった!」と言ってくれました。かなりの手間がかかるこの要望に社長は聞こえないふりをしましたが、大工さんも出会いを感じてくれたのでしょう。

 大きなバルコニーはメンテナンスにもエネルギーが必要ですが、気持ちよく納得の上で進めてくださっています。

写真はすべて「桑村智昭氏」によるもので氏に帰属します。