雑感

 

設計とは別に思ったこと

知人友人のアメリカ            20240415

 

 僕はアメリカに行ったことがないけれど、知人友人を通じて感じたアメリカがあった。

 それは音楽や映像、映画などのメジャーな影響とは少し違って、疑似体験ではあるけれど個人的なものに思える。

 

・小学校高学年のとき、級友の続くんがお父さんの仕事で転校し    

 た。その先がサン・ディエゴだった。(端っこだーと思った)

・高校友人の島村くんのお父さんがアメリカ出張した様子。ハンバ  

 ーガーの高さが20㎝なことと、油断すると(男性から)お尻を

 触られること。(???)

・大学友人の石崎くんの部屋にバドワイザーの空き缶が並んでい  

 たこと。(まだ海外旅行は庶民のものでなかった。)

・中学友人の星くんが新婚旅行でハワイに行ったときのようす。

 バスや飛行機で、運悪く通路をまたいだカップルが手をつなぎ続  

 けたらしい。

・中学からの友人多田くんが語学習得を名分に、突然ニューヨーク

 に移り住んだこと。(ブルックリンだけれど、「昨日、ロンカー

 ターがベースを押しながら横断歩道を渡っていた」と・・・)

・高校からの友人稲葉くんがアメリカ横断を車で敢行したこと。

・大学友人の石橋くんがキーウェストを目指してアクアラインより 

 頼りないがしかし長い橋を、嵐の波を被りながら心で泣いて走破

 したこと。

・高校友人の前田くんが、勤め先を説得して家族でイリノイの大学 

 院に進んで見事修めたこと。

・稲葉くんが「ゼロマイル」という長辺小説で高い評価を得たこ 

 と。

・高校友人岡本くんが、読売新聞北米総支局長だと正月の新聞で発 

 見したこと。

 

 友人の成功や功績に自分を投影することは恥ずかしいことだろう。

 しかし、そんなことも甘く思い出されるようになった。決して歳ではないはずなので、自分では新たな地平を開いたと思いたい。笑

「サビ」まで何秒            20240404

 

 テレビで、歌をヒットさせるためには前奏などは余計で「サビ」から入っていくことが大事だと聞いた。

 この雑感の前回に記した曲は、そんなことを思い出さなくても前奏が長い訳で、現代と違うことを痛感する。

 

 僕はいくつかの映画を印象深く思っていて、そのひとつが「12人の怒れる男」だ。・・・・ちょっとタイトルに不安。

 映画評には触れないとして、その劇中にニューヨークらしい質素なアパートに野球実況ラジオを聞く中年男性の様子が描かれる。

 

 法廷劇の展開も見事だけれど、この挿入シーンが格別だと思う。

 先日紹介した清水靖晃氏の電話ベル音のように。

 

 僕が若い時読んだ小説に、沖仲氏のきついバイトをしながら、時に売血をして食いつなぐ青年のようすがあった。きっと五木寛之氏のものだろう。そこにあるのは膨大な時間と人生への諦観だったのではないか。

 

 僕が孫に伝えられたらと思うのは、退屈や暇が成長エンジンだと知ったことだ。(偉くなれるかは別問題としても)

 

 前奏(イントロ)をまどろっこしく思う気持ちをわからないではないけれど、そんなに急いで何がしたい?と思う。  

沖縄                 20240402

 

 印象深い曲をふたつ記したので、もうひとつ。

 誰に限らず、思い出深かったり大切な曲を挙げてと言われれば難しいだろう。僕もその通りだ。

 もし、最後の食事という想定があったら、南インド風カレーと梅の塩むすびで迷っておにぎりにすると予測できるし、無人島に持って行く本と聞かれれば、・・・のように。

 あ、この場合は「老人と海」かな。無人島なら海だし。笑

 高校時代、このアルバムを聴いて僕は衝撃を受けた。

 それを友だちに伝えたくてあちこちで話したけれど、反響はほぼなかった。

 良し悪しや好みを別にして、パブル後の沖縄隆盛を思えば、僕は先見の明があったと言えないか。笑

 コンテナ設計関連で、沖縄と石垣島を相当回数訪ねた。

 居酒屋で従業員と話したりすると、東京から移住して10年以上経つのにいまだよそ者の印象を拭えない、などと聞く。

 沖縄の戦争中にこうむった民間人被害を思い起こせば当然なのかもしれない。

 でも、そこを個人で考えてもゴールは見えないので、沖縄文化を楽しませてもらいたい。

ハイサイおじさん [2020 Remaster] (youtube.com)

異国情緒                20240331

 

 今年度も今日限り。申告書類も整えたから、ちょっと余裕。

 先日のパットメセニーに続けて、僕の好きなサックス奏者を記しておこう。

EVERYTHING HAPPENS TO ME (youtube.com)

 

 このサックス奏者をどこで知ったか記憶があいまいだけれど、僕にはちょっと特別な存在で忘れることはない。

 

 音楽家だから当たり前かも知れないけれど、音楽を仮に苦しくても味わいつくそうとしている気配がカッコ良い。

 バッハの無伴奏チェロ組曲などをテナーサックス一本で、しかも東京国際フォーラムのブリッジで吹き切ったらしいから、きっとただ者ではない。パットメセニーとは別の波長でこころ洗われるのだ。

心落ち着く音色             20240322

 

 パットメセニー(ユーチューブサイト)

 [Playlist] パット・メセニーの透明なギター音 (youtube.com)

 ユーチューブと著作権の関係がわかっていないけれど、このサイトはコマーシャルが挟まれるので一定の手続きを経ていると期待して。

 3月はストレスフルな一か月だった。

 最近は建築確認申請がオンラインの「電子申請」に切り替わっていて、(従来の紙を使ったものも残されているけれど)手続きが早いというから移行すると、電子環境が苦手な僕はつまづきまくる。

 

 確定申告でもe-TAXに移行していて、勘の良い人は本当にスマホで難なく済ませられるとしてもやはり僕は苦手だ。

 

 おまけに9日には建築士の定期講習が朝9時から夕方5時40分までわずかな休憩だけで知識を詰め込まれ、最後の1時間は修了考査という試験だ。落とすための試験ではないから、緊張する必要はないものの、あらゆる試験が嫌いな僕にはストレスでしかない。

 

 そんな時間の中で、パットメセニーの何を聞こうかと開いてみてこのサイトを見つけた。写真にも呼ばれた。

 

 気分が浄化された。

高山さん                20240307

 

 どんな標題にしようかと少し考えて「高山さん」にしたけれど、まあ「たかやま」のことだ。

 彼は町田三小で、僕は五少なので隣り合わせ。一緒に通った町田一中の同じ学区域にあった。

 五小は町田駅から遠いので、開発されたのが遅かった。その分、三小と比べるとサラリーマン比率が高くて、根拠の希薄な競争意識が高くて僕はそのことに違和感を持っていたから、中学に入って新しく三小の友人ができると嬉しかった。

 

 ちなみに、妻は移ってきた三小で高山さんとクラスメートだったから、彼の謙虚さと尊大さを目の当たりにしている。笑

 

 町田という視点を少し移すと、勤め先で(新東京入から)、「荒美さん、東京に居て、多摩川の先に住んでるるなんて勿体なくないですか」と言われたことが何度もあった。   

 

 時々披露する笑い話だ。僕は東京人ではなくて町田人なので、東京かどうかに興味が薄い。きっと八王子や埼玉も同じだろう。

 

 仕事をする仲間内その他で、「うまくいかなかったら地元に帰ればいい」と何度も聞かされた。僕や妻には帰るところなどない、と痛切に感じる瞬間。きっと彼らはアドベンチャーだったのだ。

 

 たかやまは、その名前通り鎌倉街道に面した小高いところに住まいがあって、玄関は80センチくらいの高さがあって、彼の母君から見下ろされた印象が残っている。お姉さんはバレーボールキャプテンで、活発だった。(続きは明日)

 

 たかやまはひたすら実直で、先代から受け継いだガソリンスタンドの店頭に立ち続け、従業員をみな社員として遇し、常に日焼けして真っ黒だった。

 周辺の自動車ディーラーや役所にも気配りを忘れなかった。

 僕が独立法人であることを知ると、青年会議所会員に推挙もしてくれた。(会合まで案内してもらったものの、集まりが苦手な僕は

 辞退した・・もちろん、加入できなかった可能性大だけれど)

 

 町田市の納税長者番付に記載されるお金持ちだったから、僕は「なぜガソリンスタンドに立ち続けて苦労を背負いこむのだろう」などと思ったりしていた。

 

 たかやまは、40才代の若さで心筋梗塞らしい原因で他界した。僕も誰しも驚いたけれど、その葬儀で町田街道が大渋滞を起こしたのは語り草だ。

 町田市の体育館も作れそうな納税者で、しかし店頭に立ち続けた彼の気持ちが、今はすこしわかる。

 敬って記憶にとどめる。 たかやま ばんざい。

妻の硬筆が表紙に           20240301

 

 妻は、書を長く修練してきたけれど、途中から師匠の勧めもあって某万年筆メーカーの指導役を務めている。

 下の写真は、関連した団体の冊子の表紙に選ばれたものだ。

 我が家の誉れ。

 

 聞くと、指導を求める人々の経歴はさまざまで、中には「もはや教えたり指摘することがない」という達人も居るようで、その場合は相当に緊張して手本を示すらしい。

 

 僕は近くで見ているだけだけれど、主たる毛筆も含めて教室・・・というより道場に通う仲間は向上心が強くて、競争も当然ある。

 いろいろなプロフェッションがあるけれど、それが趣味や生きがいに近いほど、かえって厳しいもののようだ。

 

同窓会その後            20240222

 

 昨年10月にほとんど高校卒業以来の大規模同窓会が開かれて、そこの一言欄に僕はこのHPのアドレス記載を頼んだ。

 それなのに、その後更新が滞っているのは「まさに自分自身の問題」

 言い訳をすれば、たまたま2月納品の簡単そうで「施主の期待値が予想を上回る案件」が相次いだことだけれど、言い訳になるかどうか。

 友人や家族との楽しいことがあったのに、大袈裟に言えば夜中に汗をかく日が少なくなくあったから楽しい記憶を反芻する余裕が無かった。

 

 「何も心配なさそうでのんびりしているじいさん」が、当面の目標だけれど、それはあんまり簡単でもなさそう。

 

 きっと「前のめり」が心の平安なのだろうと思ったりして。

 一方でそれではさして現地点と変わらない気もする。笑

白いコピー用紙            20240125

 

 長女長男家族たちと元旦に顔を合わせて楽しい時間を過ごした。

 妻が敷布を準備したカードゲーム部屋では、母も含めて4世代が坊主めくりに興じるなど、みなが親和できてその環境作りに感謝。

 年末に、最近テレビでも見かけるスーパーマーケットのロビアで、各種肉類やエビ蟹など我が家基準では爆買いした。(僕はローストビーフだけ作った。と言っても湯温管理しただけだけれど)

 

 そんなことを記そうと思いながら、気付いたらもう一か月。

 大小さまざまなコンテナ計画に追われて、夜中に目覚めて仕事場に移動して調べものをするなど、ひとり悶々としていたから雑感に手が伸びなかった。

 

 今朝は、何かを達成したとかではなくて、ただ開き直り始めているようでちょっと俯瞰する気分になっている。その開き直りは、以前記した「僕はネコだ」のようなもので、少し大げさに言えば自分を外から見るか内側から世界を見るか・・・というような違いだ。

 鏡を見て自己反省する馬や鹿がいたら会ってみたい。

 

 人間は社会的動物らしくて、他人を評価・識別するように自分をも客観視する傾向があるらしい。僕がちょっと反逆したいのは、幸せを求めるなら唯我独尊(つまりネコ)の方が有利ではないか、という考えを持つこと。

 

 

 構造事務所から提案と質疑の書類がメールで届いて、それぞれ印刷すると用紙サイズが違うから「白いコピー用紙」なのに、肌色とグレーと言いたくなるくらい違った。

 僕が「白」と思うものを隣の人は白と思うのか。

 

 「白の選定が一番難しい」ということは何度も聞かされて、体験もしてきた。きっと「あなたの白を白だと尊重します」という譲り合いが必要なのだろう。それはお互いの唯我独尊の共存のためのたった一つのルールのはずだ。

 水平線は平らなのに現在地は波立っていることを思って。

 おもしろいけれど難しいなあ。

左の写真は表面温度計。

ローストビーフは58°に維持して60分とネットレシピにあったので、その通りなどできるはずもないけれど、近づけようと思った。

長く使ってきた水銀の温度計は文字がかすれて読みづらくなったので代わりに。

 本来は、コンテナ工事の溶接で断熱材が発火しないか検討用に購入したもの。

-50°から500°まで計れるすぐれもので、 思いがけないところで活躍した。

さあ行こう                             20231227

 

 「さあ行こう」というのは、ワールドベースボールクラシック(WBC)のニュースなどを気にしていた人なら憶えている、日米決勝戦の前の大谷選手の声掛けの最後だ。

 「憧れるのをやめましょう・・・」からの掛け声。

(ヌートバー選手や他選手もその前から言っていた前提で)

 

 これは大谷選手が言ったから爽やかだし力強いところがあるけれど、人生というか、生活は「さあ行こう」の連続(あるいは必須とみなが思う)だからこそ多くの人が共感したのだろう。

 

 この3日間、霞ヶ浦や平塚など長く電車に乗った。冬休みを迎えた高校生と多く乗り合わせて、ある気配を感じた。

 

 たとえば、共通のジャージ上下をまとった集団。成績優秀なのか尊重されている生徒と、そうではないけれど屈託のない生徒。そして中間。あるいは伏し目がちな生徒。

 

 

 まだ記憶に新しいボクサー世界チャンピオンに辰吉丈一郎がいる。

 彼は子煩悩で有名だったけれど、息子(娘?)の逆上がり練習に徹底的につきあったという話をしているところをテレビで見た。

 司会者が「スパルタですか」というニュアンスで訊くと、「えっ?」という反応だった。「頑張っていると応援したくなるじゃないですか。応援っていっても見てるだけですけど」

 

 僕はもうすぐ正規?の高齢者に突入するけれど、こうした視線が欲しい。その歳で甘えていると言われれば反論しないとして、

 

「さあ行け」「それ行け」「難しい?」「何が悪い?」では前に行けない。

 

「さあ行こう」

 そこは、緊張と不安があるかも知れないけれど、甘美に違いない。

 

新年の目標だ (^.^)

アパート                20231223

 

 以前勤めていた会社が分譲した住宅でトラブルが発生した。怪しげな仲介者まで抱え込まされて、ある時は九品仏の踏切で、とうに最終電車が通り過ぎたあと、1時間余り説教されたりした。

 同僚が資料をひっくり返すように写真をつぶさに調べた結果、その怪しげな仲介者の尻尾をつかめたから、横浜の終夜営業の喫茶店に呼び出して朝まで詰めた。

 僕は告訴を勧めたけれど、会社は見送る判断をした。賢明だと思う。裁判費用の方が大きくなって、回収の目途がないのだから。

 

 僕がこの件に懸命になったのは、何の落ち度もないお客様の被害を最小限にしたいという気持ちと、正直に言えば、そのお客様が誰でも知る出版社勤務で、文芸部門とはいえ、同じフロアに週刊誌セクションもあったからだ。

 

 木造住宅の柱や梁に深刻な損傷を見つけたから、翌日に応急処置を加えて、補修期間の仮住まい手配を会社に求めた。

 

 前段が長くなった。

 

 その仮住まいのアパートが鉄筋コンクリート造3階建てで、部屋は3階にあった。

 

 補修工事の経過報告やその後のことも含めてそのアパートを訪ねたとき、奥さんが「この部屋はとても快適で、陽当たりがいいし風もよく通ります。」と言われた。

 秋だったか、僕もそうだと思った。

 

 もう少し拡大すると、食事テーブルの向きやトイレの位置など課題はたくさんだ。

 黒ちゃん家ができたら、高校同窓生に披露してもらうように頼もう。設計者の我欲のない、透明なアパートのような住宅。

くろえ家設計              20231219

 

 町田一中と、都立立高で一緒だった黒ちゃん(黒江君)の、武蔵境に求めた土地に家を設計したのは、もう10年前になる。

 その後、快適に過ごしています・・・という連絡をいただいていた。

 晩秋だったか、お孫さんも含めたみなさんの住まい方から、もう一軒新築しようと打診を受けた。 あんまり聞かない話だけれど。

 

 それで、この前の日曜日にご夫婦と新しい敷地を見ながら会うことができた。

 久しぶりに会う奥さんに「背が延びましたね」と言ったら、くろちゃんが「俺たちが縮んだね」と即答。そうなんだよな。

 

 始めの建設では、僕もご夫妻の希望を実現しようと努めたけれど、実際、施工された建設会社のアフターも含めた誠実な対応が信頼感になっているのだろう。

 これも、ありそうでいてなかなか無い話かもしれない。

 

 例えば、100万円の違いに逡巡するお客様も多く見かけるけれど、場を移してみたら、レストランのメニューを見たとき、食べる前の価格にどれだけの意味があるだろう。

 

 幸福感や豊かさという実感に貯金残高が影響するのは当然として、でも、必ずしもそうではない。

 人生の大事な折に、それぞれ価値観が多様な人たちと出会えるのが建築設計という職業のいいところと思う。

石原慎太郎氏               20231214

 

 石原慎太郎氏に関してはこの雑感でも何度か触れてきた。

 手短に思い出せば、最初はエッセイで、そこにはヘミングウエィの小説をきっかけにした「キリマンジャロに上り詰めた豹」のたとえがあって、とても感銘を受けた。

 その本を神保町で購入して、やはり大好きだったジャズサックス奏者のアートペッパーの顔写真をオリジナルカバーとして包んで持ち歩いたのだった。ブックバンドのある時代。

 

 ヘミングウエィは遠い国の、時代の違うヒーローであったけれど、石原慎太郎氏は何故か政治に身を投じて露出も多かったから、とても多くの批判にさらされた。

 

 石原慎太郎氏ご本人と、批判を加えた人々との正邪を言うには僕は知識が足りない。それでも、長女長男には、こういう人も居たんだと紹介したい。

 2013年の国会のようす。

 

「石原慎太郎」日本の夜明けを夢見し遺言。 (youtube.com)

 

 妻は、九段下に近い大学に通ったので、千鳥ヶ淵に近しさを感じていて桜の季節には出かけようと言ってくる。

 僕は靖国神社併設の遊就館にこそゼロ戦を見に行ったけれど、日光も含めてそのパワースポットぶりに恐れをなす。

 前にテレビでみたハワイのパワースポットに不安を覚えたように。笑

 

 石原慎太郎氏が話しているのは、民族や国家の違いやまして優劣ではなくて、感謝を基盤とする思いではないか。

「愛する」ということが問われていると思った。

 

 僕は、どんな形になろうとも、日本を愛したい。(^.^)

カーナピーナ              20231213

 

 スーパーマーケットに買い物に行って、昼食にレトルトカレーもいいかな、と売り場に廻ってみた。

 こういうことは誰しもあるだろうと想像するけれど、何か目の右端に引力を感じたら、そこに僕の大好きなカレー店、「カーナピーナ」のチキンカレーがあった。

 初めに食べたのが42年前。

 週に数度食べて、その後職場を変えたから頻度は減ったけれど、数年に一度は同僚など誘って食べに行っていた。

 

 カレーが好きなので、カーナピーナに限らず食べに行ったけれど、それはこのカレー店での嬉しさががあったからこそ。

 もうすぐ半世紀。ああ。

 東横線の祐天寺駅から徒歩5分くらいか。口数の少ない店主と感じの好い奥さんの店。

 

 しばらく行っていないけれど、僕の感覚ではセミホットが「激辛」、ホットは多くの人にはチャレンジか。

 

 一度だけホットを頼んで完食したけれど、2回目は無いと思った。有名店「デリー」のカシミールカレーよりも何段階もホットだから。あと、40年前情報だけれど、不用意に大盛りなどといわないように。笑

パッケージ               20231203

 

 少し前に友人夫婦を週末に訪ねたとき、クッキーを持って行ったら、お菓子を持ってきてくれた人にどうかな、と言いながらビールを勧めてくれた。

 すぐにお酒やワインに移行して1/6キャベツの丸ごと焼きアンチョビオリーブオイルを作ってくれた。

 僕も似たものを作ったことはあったけれど、友人のは焼き方が豪快だったからとても美味しかった。

 

 数日後、スーパーマーケットに買い物に行って、再現しようとアンチョビの小さいのを買ったのに、キャベツを忘れたから白菜で作った。まったく違ったものだけれどこれも美味しい。

 それにしても、アンチョビのパッケージが可愛くて思わずほっこりする。

 

 パッケージという点では普段あまり手に取らない表紙の本を購入した。

 森合正範という記者・スポーツライターが井上尚弥と戦って敗れたボクサーを訪ね歩いて、その選手の姿と合せて、井上尚弥という怪物を浮き彫りにしようというルポルタージュだ。

 

 ネットで一部を読んで、作者の文章がとても気に入ったのですぐにアマゾンで購入した。

 その際、こんな表紙なのか、と少し思ったけれどまあそんなことは二の次だ。

 

 井上尚弥がどれだけ凄いのかを知るのと同時に、興味深かったのはメキシコやアルゼンチンの世界チャンピオンが異口同音に

「規律・忍耐・勤勉」を後輩や息子に口酸っぱく言っていたらしいことだ。両国の国民性にそぐわないことを承知の上で、しかし耐えられないほど退屈な基礎練習の上に、ようやく成り立つと説いているらしい。

 

 体操の内村航平さんが、「奇跡のレッスン」という番組で、短期間の教え子の高校生たちに「体操にラッキーパンチはない」と言っていたことを思い出した。

 ボクシングにおいても、極めた者たちの対戦にはラッキーパンチがないのかと思った。何と緻密なスポーツなのか。

今日の空                 20231125

 

 早めの時間に家を出て、平塚の現場に向かってその後小田原の書店に行った。

 書店の方は友人の作家・発行人夫妻が紹介してくれたもので、共同経営者3人のひとりがいらして話ができて楽しかった。それは後日。

 

 玉川学園の駅で電車を待つとき、軽くはなく、それでも重くない雲が空に浮いていることに気づいて写真を撮った。

 左側が玉川学園で、右側は小田急線大和駅で快速急行を待つときのもの。

 空は、何もないように突き抜けている時と、何かを封じ込めるようにのしかかってくる時、綿のような雲やうろこのような雲、いろいろ(きっと無数で、だから一度切り)の姿を見せてくれる。

 

 大和駅での写真は、故石原慎太郎氏の青春小説「おおい、雲」の文庫版表紙を思い浮かべながら。その写真は真っ青な空を背景に、赤いタワークレーンが写っている。

長距離運転                20231122

 

 昨日は久しぶりに長距離を運転した。

 午後1時約束の御茶ノ水での打ち合わせに余裕を持って出たら、1時間余り前に到着した。昼食に丁度よいから、パーキングメーターに停めてカレー店「エチオピア」を目指した。

 以前ほどには混んでなくて、少しの待ち時間で着席できた。ご飯の量を減らしてもらおうかと思ったけれど、それも気恥ずかしいので普通に完食した。辛さは10倍を頼んで、多くのカレー店の激辛未満で美味しく食べた。

 

 お茶の水駅周辺はコインパーキングが10分200円で、六本木や恵比寿ほどではないけれど、とても払いたくなかったからパーキングメーターをはしごした。笑

 

 最初に宣言して打ち合わせを中座して、かすみがうらに向かった。現地調査なので暗くなっては意味をなさないのだ。

 高速を降りたあと、目の前にカッコ良い車があるな、と思ったら新型プリウスだった。

 ネットで評価されている記事を複数読んでいたけれど「なるほど、これなら」と思った。トヨタ頑張ってるじゃん。

 5時前に現地調査を終えて帰路に着く。渋滞もあったからナビの到着予想時間はころころ変わって、結局8時半に帰宅した。

 ここしばらくは、電車を使うことが多かったから往復270㎞は久しぶりだ。一日で7時間弱運転し続けたのも。

 30代のころ、兵庫県城崎までトイレ休憩のみで走り抜けたことを考えると年齢を感じるけれど、まあそんなものだろう。

 

 かすみがうら市の現場は、最寄り駅から10㎞余りあるので、とてもタクシーやレンタカーを考えたくはないのだ。それに今回は仲間に拾ってもらうことも難しかったし。

 

 帰りの首都高で、ナビを無視して千住大橋経由にしたら、とても高いところをうねっていて、夜景がきれいだったけれど、側壁が低いから昼だったから緊張しただろうなと思った。

扉の塗り替え               20231119

 

 夏の終わりごろ、妻が玄関扉が痛んできたので補修したいと言った。確かに、羽目板で制作してもらった扉は風雨の影響もあって僕も少しは気になっていたので同意した。

 猛暑のときだったから、涼しくなったら実行しようと話していて

、先週、今度は寒くなる前にという話に変化して実行した。

 

 建てた当初は果物のようなくすんだ赤だった。次は海軍のような濃青色、今度は・・・ということで緑に意見が一致した。

 

 ペンキやさんに頼むとそれなりの費用がかかるし、何より自分たちでできるか知りたかったのでDIY店に出かけた。

 調合などするとその先が不安なので、「えいやっ」とそのまま塗ったらとても気に入った。きっと素地の濃青色が作用したのだろう。(やすりで目粗しはした)

 僕も建設者の一部なので養生など段取ったつもりが、「詰めが甘い」(長男談)人間なので、あちこちに補修の種を作ってしまった。(妻のフォローに感謝)

 

 終活という言葉が聞こえてくるなか、それそのものでなくても、いつ何が起こるかわからないので子供たちの面倒を減らそうと妻と話す中、一部とは言え、住まいがリフレッシュしたのは新しい気分。

 僕だけかも知れないけれど、補修をする、という行動が減っているような気がして、自分の力で環境を変えるペンキ塗りは想像を超えたうれしさだった。

 

 

 昨日、池上彰氏が解説する番組を見て、イスラエルの人々が逆境を乗り越えるために語り継いだ文章があって(それは2千数百頁に及ぶらしいけれど)、その中のひとつが紹介された。

 

 「最大の武器は自分を知ること」・・・というような。

 

 「彼を知り、己を知れば百戦危うからず」という言葉は耳に残っているけれど、これは兵法にしか聞こえなかったので「ふーん」と思うばかりだった。

 

 僕は、少しでも有用な人 出来る人になりたいと、本を読んだりしてきたけれど、インプットでは変化が起きないことを実感している。

 そうか、自分を知ることなんだな・・・ひえー

 

 今日は散らばっていた書類を少し整理して気持ちを新たにした。

 将来、親族が振り返ってみて、「だから・・・」と言われないように。笑

熊谷市カフェオープン          20231030

 コロナが一旦納まったせいか、ここしばらく繰り越しになっていた集まりなどが集中した。引きこもりがちだった僕としてもうれしい。

 熊谷市で、いくつもの会社を経営されるオーナーが、将来のためと20年前に自宅隣に購入した土地に、家族経営のカフェをオープンした。

 僕はコンテナ構成と構造計画を担当したので、建設関係者向けのプレオープンに呼んでもらった。

 

 花を買って、広い公園そばのカフェを訪ねた。

 

 このカフェは、必ずしも営利目的ではなくてピアノレッスンも含めた地域活動の拠点として発想されたらしい。道からグランドピアノが見えるのが楽しそう。

 

 ピアノの音が聞きたくてちょっと触ってみようと思っても、さすがに失礼かと控えていたら、コンテナ製造の会社から参加していた女性が鳴らしてくれた。

 時々顔をみるその女性は姉妹二人で勤務していて、妹さんがチェリストなのは知っていたけれど、弾いた長女さんも音大ピアノの人だった。(触らなくてよかった 笑)

 

 オーナーご家族はお金持ちのはずなのにとても気さくで、オープンを喜んでいるようすがリアルに伝わって来てとても楽しかった。

 

 すぐさまヒットかどうかはわからないけれど、成功は間違いないと思った。

握手                  20231023

 

 僕は、握手ということに親しみを覚えながら、普段はそうした機会が少なかった。

 昨日、高校の同窓会に出席した。

 規模が違う会はこれまでも企画してくれた人があって、時に手伝いもしたけれど140名近くというのはあまり記憶がない。

 コロナ前に還暦同窓会が発案されて、延期の上実施されたらしい。

 

 司会者の話に、「みなさん姿も変わってきたので」ということもあったけれど、僕の感想ではあまり変わっていなかった。

 すぐさま名前が思い出せなくても、顔や気配は記憶の中にある。

 

 しばらく前の大学恩師を囲む会と違って、全員分の座席が確保されているのがありがたかった。笑

 

 会場は渋谷の「ヒカリエ」11階。

 

 僕は到着が開始時間同時になってしまったから、どこに居場所を見つけようかと考えたけれど、野球部コーナーが誘ってくれたので落ち着いた。そうした意味では、サッカー部コーナーやハンドボールコーナーなど、わかりやすく陣取っている。

 

 基本的に、こうした会で僕は座ったままが多いけれど、懐かしい顔を探してみようと少し周回した。

 

 数はわからないものの、声をかけてもらったりこちらからも握手を求めたから、きっと生まれて初めての握手の日だったはずだ。

 

 手のひらの大きさや握り方、体温、離し方など個性があることを知った。気持ちに繋がるぬくもりがあって、それがとても嬉しかった。

 多分無理だけれど、次回はハグにしたいと思うほど。

 2次回に申し込みをしていなかったから、明るいうちに井の頭線に向かった。途中で、会場の写真を撮らなかったことに気づいて、仕方ないからスクランブル交差点で撮った。

 天気のよい日曜日でかなりの人手だったけれど、残念ながら写真には撮れていない。

 特に感じなかったものの、あらためて写真を見ると外国人観光客が目立つ。

 

 同規模の同窓会はしばらく先だと聞いたけれど、小さめの会の連絡に期待しよう。

白い機影                20231020

 

 今日の昼過ぎ、打ち合わせから戻って近くのバス停から帰る時、上り坂だったからか飛行機が目に入った。

 「白いなあ」というのが印象で、いつも見上げる飛行機がどんな色だったかちゃんと記憶していないことが残念だ。それでも、20年余り前に、新しい勤務地そばの墨田川テラスを歩いている時に見た飛行機に似ていると思った。

 

 僕たちだって飛行機に乗ったことは少なくもない。でも、乗っている飛行機と見上げる飛行機はちょっと違う。

 小学生のころ、隣の田村君の影響もあって戦闘機のプラモデル制作に夢中になったことがあった。

 子供遊びとはいえ、最後に機体を塗装するとき、塗料を何度も配合した覚えがある。

 その時、機体は濃緑色なのに、底面はなぜブルーグレイなのだろうと疑問を持って、そうか、「敵から見つからないように」ということだと理解した。

 

 これは、戦争という悲惨な状況をよく知らない僕が、妙な臨場感に包まれることでもあった。

 

 戦闘機好きは細く長く残っていて、ゼロ戦を国立科学博物館、靖国神社遊就館、河口湖博物館、所沢航空ショーなどに見に出かけた。

 

 ゼロ戦は田舎の好青年のようだ。

 対して、アメリカのグラマンは荒野の牡牛のよう。

 

 後から、グラマンなどは飛行兵を守るべく座席廻りを暑い鉄板で保護していたのに対し、ゼロ戦は操縦性能を高めるための軽量化で、木材を多く使用していたと知った。

 プラモデルを作っていたときも、爆撃機の先頭部分にピンナップガールのイラストを見つけて、「こりゃ、負けて当然か」と思ったこともあった。

 

 少年期の空や戦闘へのあこがれを思い出しながらも、ウクライナやガザで困難に直面している人々の様子を見ると、大袈裟でもなく身を切られる思いがする。軍隊同士の戦いだったものが、市民生活の上に降ってきた。がれきで道は塞がれて、子供にすら水もなく、寝床もない。独裁者と爆撃指示者は、引き回しの刑に処されるべきだ。

カート大会               20231014

 

 「第1回 岩城滉一と仲間たちのカート大会」に、仕事仲間に誘ってもらって参加した。

 平塚の一度走ってみたコースで、1週ラップが最速で33秒台。誘ってくれた人が35秒台、僕は43秒台だった。

 

 最速はプロだし、仲間も軽自動車のレースを転戦しているので、目標になり得ないけれど、次に乗るときは40秒台を目指そうと思っていた。

 

 ところが当日は小雨。10周の練習走行2回で5~6回スピンした。幸い救助は求める必要がなかったものの、スピンしない周回でもイエローフラッグが出たのでタイムは無し。

 

 本番の耐久レースでは8分ほどづつ5人がリレーする方式で、迷惑をかけたくないから、スピンを回避することを一番の目標にした。結果は聞いていないけれど、50秒よりはだいぶ早かったと思いたい。それでも、何台にも抜かされた。チームメンバーからは「まあ、停まらなかったから」と慰められた。

 59人の出走者の内、僕は36位。岩城さんがランダムに読み上げた番号で小ぶりのバッグという景品をもらった。

 

 36位はどうなんだろうか。2回目で良い成績なんて考えもしなかったし、何しろ自分のヘルメットを持参している人がとても多かったから妥当かなとも思う。

 

 ただ、易々と抜かされたのは悔しいから今度こっそり練習に行こう。少なくとも追い抜きで多少てこずらせるように。

 ああ、思い出したらむかむかしてきた。笑

能美市 金沢              20230928

 

 石川県能美市に、スイーツ店計画のお客様を訪ねた。

 金沢駅から車で40分ほどで、計画地から能美市役所はやはり10分くらいだから、コンテナ仲間に早めに迎えに来てもらって、市役所に立ち寄った。

 

 なかなか立派な市役所なのに、周辺を歩く人や出入りする車があまり見えない。館内にも訪問客の姿は見つかりにくくて、しかし職員の対応はとても親切だった。兵庫県たつの市を思い出す。

 

 大きくて古くなさそうなのに、「そのご用件でしたら分館にセクションがあります」と言われ、また車で10分あまり回ってもらう。何という非効率。尼崎市役所を思い出した。

 おかげで、昼食を摂る時間がなくなった。

 

 3時間を超えた現地工務店とコンテナ製造会社を交えた・・・というか僕を混ぜてもらった・・・お客様との打合せでは、難航していた工事費調整に方向性が見えたのでよかった。

 東京ー金沢間は、北陸新幹線「あかつき」で2時間35分、「はやたか」で3時間5分。(あかつきは全席指定)

 だから日帰りだ。

 まあ、北海道だって日帰りの時代だし。

 それなりに遠いし有名観光地だから、それは少し寂しいような勿体ないような気分だけれど、翌日やることがあったからありがたくもあった。

 写真は帰路につく金沢駅。

教授の米寿              20230919

 

 おととい、大学で卒業論文を指導していただいた元教授、建築家鈴木恂先生の米寿をお祝いする会に出席した。

 会場はここのところずっと白金台の八芳園で、今回は時間ぎりぎりに着いたから余裕がなかったものの、建物も庭園も素晴らしいので豊かな気分になる。

 駅を出てすぐに門が見えてきて、これでもかというほどに手入れされたアプローチも見事だけれど、エントランスから入ってもまだその余韻がある。

 

 写真左の丸い緑の輪の前で集合写真を撮ることが恒例になっている。

 

 先生の喜寿祝いは30名で上海に出かけた。この雑感でも29121231の途中に記録している。(リンクの貼り方が・・・)

 その時は日本バッシングの嵐のさなかで、ユニクロが襲撃されたり日本車がデコボコにされたりした当日。!でも、平穏だった。

 

 先生も奥様も数年前より顔色がよいように思えたのもびっくりしたけれど、同期生で学士編入した4歳上の友人が、「一昨日イタリア山岳旅行から帰ってきたんだ」と言ったのにはみな驚いた。

 げんき! 本人は会の前の美術館探索で、50代に見間違えられたことを自慢したけれど、それはあり得るのだ。すごい。

 

 僕など、3時間あまりの立ちっぱなし会に足が棒になったのに。

 

 小さな2次会では、その年齢不詳と友人夫婦の旅行体験が面白くていい時間が過ごせた。

 

 帰りの山手線で、「僕は逆立ちしても追いつけない」(先生のことではない、念のため)というようなことを言ったら、学生時代からよく知る友人の奥さんみゆきさんが、「大丈夫、あらみくんは逆立ちできないから」と言った。

 

 悔しいのにああ愉快。

 上の写真は会場のスナップと、抽選や参加者賞で手に入れた書籍、それに入手困難と聞いた先生の著作。

似顔絵                20230915

 

 我が家の長男が園児のころ、父親も参加するイベントで「我が子の顔を描いてみましょう」というものがあった。

 僕は絵を描くことが好きだからよろこんで始めたら、お父さん達の背後を廻って観察するお母さんグループがあって、小声ながら「どこかで副業していたんじゃない」と聞こえた。褒められたとも思えなかったけれど、関心は持たれたのか。

 

 最近、訪ねてきた孫男子二人の似顔絵を描いた。

 妻が壁に貼ったのが下の写真。たまにしか描かないし、その時々でペンなども変わるから一貫性はないけれど、孫たちはまんざらでもなさそうだ。それが嬉しい。

 右の写真はずいぶん前に妻を描いた油絵。母が油絵を趣味にしていたので道具を借りた。ちょうどいい額もあったから部屋に飾っている。

 今のところ、最初で最後の油絵。いつか・・・と思いながらいつだって始められるはずだから、描くようになるかはわからない。

 

 ストリートピアノを弾く人の感想に、弾いている時間は没入してほかの煩わしいことから離れられるのが心地よい、というものがあって、絵を描くことも似ているなあ、と思う。

かすみがうら             20230913

 

 昨日は新しくプレゼンテーションをするために、茨城県かすみがうら市に出かけた。

 3年前に霞ヶ浦に接する潮来市に現場があって通ったので、親近感はあるけれど茨城県は広い。

 

 最寄り駅は常磐線神立駅で、それでも13㎞ある。駅で拾ってもらってようやく到着した。潮来には車で出かけることも多かったから同じようにすればよいようだけれど、現場は途中で到着時間の修正が可能としても、会社を訪ねる場合は遅刻できないので町田からだと時間が読めない。

 

 常磐線は10両とか15猟なのに、1時間に2~3本なのが意外だった。

 写真は現場付近とかすみがうら市から行方市に移動する橋のもの。

 お客様の会社の担当者は誠実な感じで、とても楽しい時間を持てた。話が先に進むとよいけれど、コンテナは安くはないのでどうだろう。楽しみにしよう。

階段シリーズ             20230907

 

 階段シリーズとは、僕の近所散歩で階段を多く取り入れたコースだ。もちろん、階段シリーズなどと人前で言ったことはなくて、出かける時にふと思い浮かべるだけだけれど。

 

 今日はサボったものの、昨日一昨日は敢行した。結構腿が張るので高低差を調べてみた。(下のリンクから)

 

国土地理院標高地図

 左の地図が、国土地理院の標高検索地図に、僕が回るコースを書き加えたもの。

 

 登ったり下りたりの、登る高さを足してみたら110メートルになった。

 

 別途調べてみると、江の島の橋を渡ったあたりの地点から展望灯台の足元までが約57メートルらしいから、計算上は灯台を通り越して向こう側の岩場に降りて、もう一度帰ってくることになりそうだ。しかしそれほどに思えないから何か間違っているかもしれない。江の島は意外と平らな距離も長いのだろう。(以前も似たことを記した・・笑)

 

 地図の中の「町田市」標記の、町の字の右下が自宅で、駅までの距離はおよそ1㎞だから、青い線を巡って2㎞をいくらか超える程度。

 30分で帰ってくるのはしんどいので、もう少し。何度か記してきた恩田川の平地5㎞コースは時間がかかるわりに負荷が小さい感じなので、これは使えるかも。

 

 階段を選びながら回るので抽出してみると、その前後を含めて上るのは69メートルになっているようす。

 

 景色の変化が楽しいから、ジムよりもずっと心地よい。タダだし。(坂町居住者の強がりばかりではない、はず)

 

 それにしても、自宅で仕事をするようになって通勤がなくなり、コロナが追い打ちをかけて、やっと静かになったら今度は危険な猛暑。

 どうする足腰。切迫。

モールス信号             20230901

今日、電柱を眺めていて思った。どうなっているのだろう。

 電線に沿っている(今は無いかも知れないけれど)電話線を言葉が伝わっているらしい、それも瞬時に。

 

 僕はモールス信号はなんとなくイメージできるけれど、(コンバットか)声が電線を通るなんて。笑

いわんやテレビをや(用法間違い?)

 

 

 量子コンピューターの開発に日本研究陣が奮闘しているというニュースを見ればうれしくてわくわくするものの、・・・。

 まあ、電気、電子の話は中学時代に絶望したので今更なんの感慨もないけれど、思い出してしまった。

 アナログと言われるレコードとレコード針。

 音色?交響楽?しかもレコード盤はプレス量産???

 

 きっと僕だけがこの状態ではないと思う。そう願いたい。

メールのフッター           20230830

 

 最近、ホームページを少し整理したこともあって、見てもらいたい欲求が高まった。

 そこで、メールのやりとりのある何人かの方にアドレスを知らせた。律儀な人は開いてくれて、感想なども連絡してくれる。もちろん無反応の方が多いけれど。

 返信をもらったことに気をよくして、もう少し誰かに知らせたいと考えているうち、メールのフッターにサイトの記述がないことに気づいた。(自分でも間抜けさに驚いた 笑)

 

 まあそんなことで開いてくれる人が増えると思わないけれど、フッターに加筆できたのが収穫で満足。手を加えたことでサイト上でトラブルが生まれないことを祈る、そんな一日。

建築家 阿部勤              20230827

 

 昨日、建築家阿部勤さんを偲ぶ会に出かけた。

 その会場でも上映されていた阿部さんご自身の住まいがこちら

 自邸/中心のある家 - ARTEC

何枚かの写真の後に動画があります。ぜひご覧ください。

 

 阿部さんはただひたすらカッコいい。

 

 芸能界から身を引いた方が出された小料理屋に、阿部さんが僕を連れて行ってくれたことがあったけれど、そのとき「むがちゃん」と呼ばれていて「?」と思った次の瞬間、竹脇無我に似ているということだと気付いた。

 比較する必要はないけれど、次元を超えて阿部さんのほうがカッコいい。

 写真は偲ぶ会にあったもので、会場になった香川豊彦記念館が竣工したころと推察できるので、阿部さんは40代後半だろうか。

 

 僕は建築学科の学生時代、設計の道に進めるだろうかと漠然と考えているときに「阿部勤自邸 中心のある家」と、アルテック建築研究所を共同設立された室伏次郎さんの「中野本町の家」を建築誌で見て、適性は別としてこの空気を吸いたいと思った。

 

 アルバイトに行く機会を与えられて、そのまま所員になって5年弱を阿部さんのもとで僕なりに頑張った。

 

 入所して間もなく、スタンレー電気の研究所プロジェクトが始まって、担当者 渡辺明さんの下についた。使い走りとして。

 研究所は田園都市線江田駅のそばで、線路と東名高速に挟まれた立地だから多くの人の目にとまっているはずだ。

 

 プロジェクト前半は小僧そのもので、土曜日の会議に向けて渡辺さんが描いたA1サイズ(風呂敷大)の図面を、多い時は数百枚 (研究の種類が多いので20セクションくらいあった) 焼いたから、 (半透明の図面と感光液が塗布された紙を端を合わせながら製麺機のような機械に一枚〃〃潜り込ませる) 終わるころは白んでいた。僕は会議に出席しないので、どこかの住宅の上棟式から誰かが持ち帰った一升瓶を空けたこともあった。揃えて束にして完了すれば誰にも会わないし。笑

 

 後半になると会議に出席するようになって、連夜の徹夜から気絶しそうになって渡辺さんから「顔を洗ってこい」と叱られたこともあった。

 

 あれは何故だっただろう。研究所から暗くなった帰り道を阿部さんとふたりで歩いていた。

 前の阿部さんが少し振り向いて、「どうだ、建築は楽しくなったか?」と言った。僕は返答に迷いながらも「はい」と答えた。

すると、阿部さんはズッコケるようなジェスチャーをした。

 決して高圧的な気配を見せない阿部さんの最大限の叱責だ。

 

 僕はこのことを何度も思い返して仕事してきた。けれど、今回偲ぶ会に行ってみて傷はより深くなった。

 

 阿部さんとは23歳差だ。

 あと23年間ある。

 半歩でも近づきたい(後日加筆)

天下の険                 20230824

 

 打ち合わせに、JR御殿場線岩波駅に出かけることになった。

 御殿場線は乗ったことがあるかも知れないけれど記憶にはなくて、楽しみになった。

 町田からは小田急線で新松田に行って、すぐ近くのJR御殿場線松田駅に移動して1時間余り。

 まず松田駅のプラットフォームに着くと、行き先に沼津と国府津があって、あれ、と思う。朧げな記憶ではどちらも東海道線駅ではないか。それでも沼津方面に乗車することは調べてあったので小さな不安と一緒に乗車する。

 岩波駅に到着すると、天候が複雑で折りたたみ傘を3回開くことになった。

 

 無事に3時間に及ぶたのしい会議を経て帰路に着く。

 あらためて御殿場線を検索した。添付はわかりにくいけれど青い線が御殿場線経路。

 この青い線は箱根を迂回しているように見える。おお天下の険なのだ。

 往路、松田で乗り込んだときは立つ人がいる程度に混雑していたのに、御殿場駅で多くが降りた。目的は富士山廻りだろうか。

 帰りの御殿場線は昼頃の往きとは違って、夕方は高校生らしき若者で賑わいがあった。下の写真は、富士山3枚と松田駅降車時風景。せみが盛んに鳴いていても、盛夏は過ぎたなと思わせる夕刻。

だだ茶豆                20230820

 

 今日の昼過ぎ、妻の姉妹夫婦が送ってくれた「だだ茶豆」が届いて、さっそく楽しんだ。

 夫君は経営コンサルタントの会社に勤めていて、出張が多い。その当地での特産物に詳しくてときどきおすそ分けに預かれる。

 

 だだ茶豆は、今年がとびきりおいしいように感じたけれど、味覚に自信がある訳ではないので声には出さずに楽しむ。

 

 その前からミックスビーンズの夕食を作ろうと考えていたので被るけれど、豆の日・・・というのも健康的でいいか。

カートトライアル            20230819

 

 昨日は平塚にフェラーリやカウンタックの特製マフラーを製造する会社を訪ねた。

 現地調査と打ち合わせを終えて帰ろうとすると、コンテナメンバーがカート場に寄るので一緒に行こうと誘ってくれた。車で数分の距離らしい。

 3台に分乗してすぐに到着する。左のフォードは何度か駅に迎えに来てもらったけれど、ロータリーにいる男性のかなりの人が振り返るので緊張する。登るだけで一苦労だし。

 

 僕は見ているだけのつもりだったのに、グローブ代わりのプリント軍手やフルフェイスのヘルメットを借りるための目出し帽など購入してくれたので、水を差してはいけないと走行することにした。

 石垣島で県道と農道をアクセルを踏み込んで走り回った時は大変刺激的で楽しかったけれど、こういうマニアックなコースは・・・

と思っていたのに、走り出すとのめりこむ。初心者には強烈な横Gというものも感じられて気持ちが浮き立つ。

 

 インコーナーには保護タイヤと傾斜鉄板が用意されていて、そこに乗り上げて落ちる瞬間はF!レースのよう・・・の訳ないか。笑

 

 早い人が36秒のラップに対して僕は43秒だから差は歴然だけれど、次回は40秒までは詰められると思った。その先の1秒が重いのは僕でもわかるとして。

 

 まあ何にしても、久しぶりに普段と違う空気を吸ってリフレッシュできたのが嬉しい。

3D経過報告              20230810

 

 少し前に、僕はこれまで二次元CADだったのに、可能性を広げられればと、3Dにトライすると記した。

 基本的にのんびりし過ぎが原因だけれど、二次元と三次元ではアプローチが違うので面食らうことが多くて、時間を費やしている。

 

 最初は謙虚にマニュアルをなぞろうとしたけれど、それでは一向に埒があかないので、自分本来の姿を思い出して「腕力で解く」ことに切り替えた。ソフトは腕力など興味ないだろうからさして意味はないけれど、こちらの心情は前向きになった。

「ここに炬燵を置いて、こっちは冷蔵庫、大事な本はここに並べて・・・」

 

 最近少し更新したこのホームページのトップに、当初から掲げている決意があって、その一つは「私たちはお客様の衣装の魅力を最大限発揮するマネキンの製作にはげみます」というものだ。

 

 今回の小さなソフトバージョンアップは、そこに近づけるのではないかという期待が大きい。

 ドールハウスという言葉はもちろん例で、ガレージハウス、趣味の場所、集合体にして研修施設、などとバリエーションには大きな広がりが期待できるだろうか。

 いつになるかは未定ですが、近いうちに設備や家具を並べる予定です。乞うご期待!(楽しんでいただくにはまだもうちょっと時間がかかるかな、協力者次第です。居れば 笑)

マルクス ガブリエル                              20230807

 

 昨晩、NHKの特集番組で「欲望の時代の哲学」という難しいタイトルの放送を見た。そこにずっと写って言葉を発していたのがドイツの哲学者「マルクス ガブリエル」氏だ。

 

 正直に言えば、初めから終わりまでちんぷんかんぷんで、何か吸収できたかと考えるとほぼゼロだ。

 ただ面白いことに、その内容は理解できなくても触発されるイメージというものはある。

 

 それは、つい、考えようとすることをサボっていると、世界には格子や定規のようなものがあって自分はどこかに位置付けられると感じてしまいがちだけれど、本当は霧の立ち込めた湖に浮かぶ小舟のように自分しかなくて、前後左右上下は耳を澄ませて感じ取るのが望ましいということだ。

 知っている複数の匂いの隙間に、あたらしくより力強い匂いを見つけると言い直してもよい。

 程度の差があっても、何度もこの雑感にそうした思いを記してきたつもりだけれど、また忘れていた。

 

 前後左右が無い、ということはつまり時間がないことに等しいのではないか。階段を作って登っていく必要はない。ただ深く息を吸い込めばよいのだ。と。それは禅ではないか、などと。笑

 

 この雑感をはじめたころだったか、確か「僕はネコだ」という標題で記したことがあって、同級生から面白がられたけれど、そのときは「何かに気づいた」と手触りがあったのに次の日には消えていた。残念だった。

 そのことを思い出したのだから、昨日の特集番組で感じたものは近いのだろう。だから、なるべく忘れないようにしよう。

 

 氏の主張で覚えているのはふたつで、

 「日本人社会は空気を読むことに熱心で、そのことがマイナスのように言われることもあるが、倫理の資本主義、という新しい世界への鍵になるかも知れない」

 ということと、

 「日本人は未知のものを求めて一歩踏み出すべきだ。現状ではまったく足りない」

 というものだった。

 

 そんなことと、体脂肪を減らすことが同時に頭に浮かぶのだから、すこしも立派そうに言えないけれど、でも忘れないようにしよう。

更新のお知らせ             20230804

 

 ホームという最初のページの写真を更新して、建設例として新たな記事を追加しました。既に掲載していた「お客様から」は少し内容を加筆しました。ぜひご覧ください。

 

 ホームの写真は気に入っていたので長く変えずにいましたが、今回新たな一枚を加えようとしたときに削除してしまいました。たびたびの事件です。笑

 

 また記事を増やしていくつもりですので、引き続きよろしくお願いします。