雑感

設計とは別に思ったこと

ペリー来航前              20200925

 

 連日になるけれど、「カズサビーチ」の読後感が薄まる前に。

 カズサビーチというタイトルの物語は、解説によれば史実をつぶさに調べ上げて歴史検証を尊重しているとのことだ。

 それでも、先日記したように少年少女文学のようにおおらかで風通しの良い小説になっている。

 

 下手な解説は避けたいけれど、概要だけ。

 

 肝要なのは、ペリーという黒船が現れる前の鎖国日本が描かれているということ。

 TV番組でにぎわうように、黒船来航から明治維新に至るまでは大変ドラマチックだ。誰しもそこに目を奪われるけれど、その直前、江戸文化とはまた違った日本はどのようだったのか。

 

 物語は、捕鯨の為に日本海を目指したアメリカ東海岸の船が、嵐で遭難した各藩御用達荷積帆船の乗組員を救助したことに始まる。

 

 読んでいて楽しいひとつは、「船乗りたるものいかなる時も遭難者を救助すべき」という、政治絡みのお仕着せ規範を超えた価値観が、奔放な国アメリカと鎖国だった日本で共有されたこと。

 

 そして同じかそれ以上に魅力的なのが、まだ自走動力(エンジン)が船におよばずに、風頼みだった帆船の、地球に対するスケール感。

 ニューヨークに近い東海岸から、鯨資源が豊かと聞いて日本海を目指すのに、南米南端ホーン岬を迂回して、ホノルル経由で太平洋横断を当たり前とするのだ。

 

 それだけでも驚くのに、日本から見れば絶海の孤島、鳥島で日本人船員を救助して浦賀沖まで航行し、接岸許可を待つ間に、ふとした風で仙台や小笠原まで流されて行き来するのだ。まともな日本地図や海図がないままに。

 

 船員たちはキャプテンを頼りながら、どのような気持ちで朝を迎えて夕日を眺めたのか。何か月・年という単位で。

 仕事とはなんなのか。欲望とはどのようなものか。信頼って。

 

 少年少女文学が嫌いでなければ、あるいはそれは僕の自己基準の恐れが大きいので、このような物語に少しでも興味を持たれたらおすすめです。(^^)

少年少女文学              20200924

 

 一昨日の真夜中、眠りが浅くなったときに雨の音に気付いて「台風12号は近づくだろうか」などと考えていた。

 寝室は屋上コンクリート床の直下なので、大きくはならないけれど、真上からも雨音が聞こえてくる。

 

 そのせいか、寝ている僕に雨が落ちてきているように感じていた。それがだんだん膨らんで、意識が屋根を抜けて暗闇の中を絶え間なく降る雨粒の集合を見ているような気がしてきて、やがてその意識はぐんぐん上がって行って、ついには流れ込む大気から雨が生まれるようすにまで及んだ。

 

 寝ぼけた頭でその風景に感心して、同時に自分には何かインスピレーションがあるのではと自惚れようとしたとき、それはどこからか借りてきたイメージだと思い当たった。

 

芥川龍之介「蜘蛛の糸」。そうだ、最近寝る前に新潮文庫の「蜘蛛の糸・杜子春」を音読していたのだった。

 この、十短編を収録した文庫の背表紙には、少年少女文学を集めた・・・と解説がある。ここで何となく感じていた自分の好みがはっきりした形になった。

 僕は、少年少女文学が好きなのだ。大声で言って良いか別として。

 

 無人島に持って行く一冊としたら、「人間の運命」で決まりだけれど、これも読みようによっては少年少女文学だ。

 ときどき枕元に置く物語といえば、

 イリュージョン

 トリツカレ男

 旅のラゴス 

 アルケミスト

 リトルターン

 海を見ていたジョニー

 パレオマニア

 ビリーザキッド

 キリマンジャロの雪

 氷壁

 夜間飛行

 片岡義男・・・そうか、片岡義男は少年少女文学だったか。

 

 そしてこの3日間は「カズサビーチ」山本一力著

次回はこの本の感想にしよう。 

ほぼ十年                20200918

 

 先日、新たに記した雑感のタイトルを更新に加えようとしたとき、アイテム数超過の表示があった。

 恐る恐るページを作り直した結果がここです。

 

 初めのころ、操作を間違えて2年弱の記録を失った時、多少の喪失感があった。今回は、それが10年と思いながら、それでも保存をずっと続けられるとも考えていないので、「まあ、なるようになるか」と比較的冷静に対処していたような気がする。

 

 以前にも記したように、この雑感を開いてくださる方が何人いらっしゃるか把握していない。そうした統計的な数字は、ホームページの設定次第でわかるはずだけれど、正直な気持ち知りたいわけではない。・・・実際、そのことに興味がない。

 

 早めのころ、高校の同級生がクラス会で、他の友人と一緒にこのページを紹介してくれたことがあった。

 その後、「ときどき見ますよ」と声をかけてもらったこともあって、とても嬉しかった。

 職場でも、何かの拍子に遭遇したのか、見てくれる同僚があった。

 

 こうして、机の引き出しにしまえるものでもないところに、何かを記すのは読んで欲しい欲求があるからに違いない。

 でも、多くの人に、と思っていないこともその通りだ。

 

 一昨年他界した義母が、「ときどき開いて楽しく読んでいるよ」と妻を通じて聞いたときは、ただ良い気分だった。

 

 次の10年、思い出したら開いてみてください。飲みにもいきたいですね。