雑感

設計とは別に思ったこと

中国工場               20211022

 

 中国工場から、進行中のある商業施設のコンテナ写真が送られてきた。

 工場は大連にあって、コロナ直前が最後の出張だったからもう2年前になる。中国の変化のスピードは常に想像を超えるから、この2年でどれほど変わったのだろう。

 

 ニュースになっているように、中国では電力問題が当面深刻で、工場だって免れることはできない。それでも、メールから感じられるのは力強さで、頼もしいばかりだ。

 この商業施設は、広い敷地に作られることもあって、設計意図は歩き回ることと出入りすることにある。

 それを明示するために、壁の何カ所かをグラフィカルに遊ぶことを思いついた。(落書きのようでもいい)

 

 受け入れられる可能性はかなり低いけれど、まずは提案してみよう。昭和の卓上ポットや、カルピスを作ったコップが目に浮かんでいるのだけれど。笑

花柄ポット              20211020

 

 一か月ほど前だったか、ニュース番組などの一部で昭和時代の卓上品が人気だと言う話を聞いた。

 僕の生まれた昭和30年代だったら、一様に体験している花柄のまさに花盛りの時代だ。

 

 卓上に上るあらゆるものが花柄、もしくはその系列に染まっていた。多分、男子に限らずその傾向にはみなウンザリしていたように思うけれど、最近の若い人には訴求力があるらしい。

 そうして振り返ってみると、確かに花柄卓上品はかわいい。

 

 こんなことを言う日が来るとも思っていなかったけれど、正直な感想だ。当時のように、あらゆるものが花柄になってしまったらまた違うことを言いたくなりそうだけれど、記憶としてはやはりかわいい。

 横浜に新しくできたロープウェイは、町の風景を新たにしてくれたということに喝采をしたい。それでも、強欲に言ってよければ、こんなすました顔でなくて華やぎが欲しかった。きっと、担当者は若くて攻撃的なデザイン好みだったのだろう。

 

 桃やみかん、柿やバナナ(?)のぶら下がっている様子を想像して、そんな日が来ればとわくわくしている。

背番号17               20211016

 

 背番号17と言えば、多くの人が大谷翔平選手を思い浮かべるかも知れない。あるいは、大谷選手の大ファンでも背番号に関心の薄いひとも多いかもしれないけれど。

 

 先日のサッカー日本代表、豪州戦で先制点を挙げたのは背番号17の田中碧選手だった。

 日本代表では、長谷部キャプテンも同じ番号だった気がする。

野球に戻すと、大谷選手に次ぐと期待される佐々木朗希投手(20歳)も17だ。

 

 こんな風に背番号を気にするのは、僕が少年野球で付けていたのが17で、非常に愛着があるからだ。そういう意味では他の番号についてはあまり覚えていない。

 ロベルト・バッジォ10(元イタリア代表)、ヨハン・クライフ14(昔のオランダ代表)、デレク・ジーター2(元ヤンキースキャプテン)は、カッコ良さで目に焼き付いているけれど。

 

「17」を検索してみて、イタリアでは不吉でホテルや飛行機関連で避けられていることを知った。

・・・17→XVII→(並べ替え)VIXI→(ラテン語で)VIVO:生きている の完了形・・・死んだ ・・・

 僕は誕生日が4.13 なので、17を加えてオンパレード 笑

 

 しかし、17にもとても良い話がある。、というか、こちらから背番号に移行したのだけれど。

 

 数学史のなかで燦然と輝く功績を残した(らしい)ガウスは、若い時に数学者になるか神学者になるか悩んでいた。ところが、ある朝目覚めのベッドで

「正17角形がコンパスと定規で作図できる」

ことを発見したことで、自信を深めて数学者の道を選んだらしい。

 

 この「世にも美しい数学入門」は、小川洋子さんが「博士の愛した数式」を世に出した後の数学者との対談だ。

 ひごろ慣れ親しんでいる数字の横顔や奥の顔が見えるようで楽しい。

 そして終り頃紹介される、「π」という謎めいた円周率が円と関係ないところにたびたび出現する、という話が何かをのぞき込むようでとても刺激的だった。

 

「ろうそくの科学」も枕元に置いたりして、僕は科学の秋まっただなか。笑

E=mc2                  20211011

 

 中学生のとき、相対性理論を解説する本を買った。自分にはレベルの高過ぎるものを選んでしまったのだろう。

 記憶は、「ちんぷんかんぷん」

 

 その悔しい記憶も残っていたらしくて、解説書を新たに購入していた。他の本と一緒だったから後回しにしていて、最近になって読んだ。

 

 こうしてあらためて本を見ると、結構失礼なタイトルのように感じられる。それでも、すがりたいのだから仕方ない。

 相対性理論の位置づけにイメージのある人には物足りない可能性があるけれど、アインシュタインという稀有な人物に焦点があてられているからそこは面白い。

 

 相対性理論をいくらかでも理解しようとしたら、きっと相当な勉強が必要だろう。(なにしろ発表当時理解されなかったのだから)

 

 そこでこの本は、なぜ相対性理論が必要だったか、次にアインシュタインが構築しようとしていた世界がどのようなものだったかを「僕にもわかるように」書いてくれている。

 

 ポイントは、光がいつでも一定速度で進むこと。どんなに早く動いている発射物から出ても、止まっている発射物から出ても、光は同じ速度だということだ。

 このことを何度でも思い出して読めば、自分なりに理解できる。

 

 冒頭に記した題は、cの二乗と書きたかった。あまりに有名な式らしくて紹介するつもりはないけれど、表しているのは

 

「エネルギーは質量と同じもので、質量×光速×光速に等しい」

 

 どれだけ大きいのだ、と思っても、130億光年先にある星を想像するくらい難しい。

非常事態宣言後             20211001

 

 いろいろと批判もあったオリンピック開催が無事終了して、インターネットの一部記事では名残り惜しむ記事も散見された。僕はきっと世界のアスリートには開催がよろこばれたのだろうな、と思っていて、携わられた方々にありがとうございましたと申し上げたい。

 その後は自民党総裁選があって、ついにコロナによる非常事態宣言の解除になった。

 

 若い人とは違うのだろうけれど、オリンピックを名残り惜しむように、ひとつのイベント?が終息したことに安堵と一緒に小さな寂寥感も覚えたりする。

 妻と、待ちかねていた旅行の計画ができることを喜びつつ。

 NHK-BSに、中井精也さんの鉄道写真番組があって、時々見ることがある。最近では田園風景のなかの踏切を撮ったものを組み写真にしていた。中井精也さんの写真がとても好きなので、そのことが頭に残っていて、これはその趣とはまったく違ったものだけれど全部で一つの写真ということで。(^^) (僕の足は見苦しいこと承知です。近親者以外開いてくださる方がほとんど無いことを前提に、あえて外さなかったので一般的にはスルーしてください。)笑

 日曜月曜は叔母の葬儀に出かけた。

 卒寿に3日ほどがあるばかりで、大往生とも言えるから悲しみよりは安堵の気配が濃かった。従姉兄弟の同い年男子とは久しぶりに話ができたので少し楽しませてもらった。

オートミール              20210926

 

 シリアルというのか、昔はコーンフレークが代表していたミルクを注いで食べるものに、興味を持ったことが無かった。子供時代にはアメリカの気配に多少のあこがれがあったけれど、主食だかおやつだかあいまいな感じに抵抗があったのかも知れない。

 

 この半年で購入した3冊の食事制限本の最後に、オートミールが出てきた。

 初めの1冊は緩やかな断食の勧めで、著者であるアメリカ人の「あなたにもきっとできる」的な語り口に辟易として閉じてしまった。

 2冊目は日本人医師の著した糖質制限指南で、血糖値とインスリンの関係を学ぶことができた。合理的だと感心したものの、炭水化物を目の敵にしたのでは味気ない。脳は糖質で働くと妻や長女が主張するし。

 3冊目は糖質制限を目的にせずに眺めていた本屋の棚で見つけたもの。それでも減量は意識していて、とにかく手軽だということと、具体的レシピが多く載っていたので購入した。

 この本には盛んにオートミールと鶏むね肉が出てくるけれど、鶏むね肉は豚肉や牛肉に代替しても破綻しそうにないので、見ていて楽しい。

 早速オートミールでレトルトカレーを食べてみた。普通のカレーライスだと思うとがっかりだけれど、カレーの別種料理だと思えばそれなりにおいしい。

 その後、ご飯のように主食にしてみたら、それはそれで良かった。ただ、ご飯のような甘みが感じられないので、出汁などのほのかな味付けがあったらよいのだろう。

 昨晩は、妻が鮭のムニエルにホワイトソース代わりのオートミールソースをつけて、これはとても自然だった。

 

 白飯の代替物を探すうちに、ご飯への郷愁が高まってあまり口にしていなかったのに連続して食べるようになったのは計算外。

 それでも、オートミールの美味しい食べ方を探して食物繊維を多く摂取しながら、折り合いをつけて行きたい。

 

 そんなことをしていたら、この一週間体重が超とは言え微減傾向にある。ストレッチや緩い筋トレと併せて、肥満軽減、できればいつかは解消まで進みたい。

うつむきかげん             20210920

 

 昨日は数日ぶりに気持ちよく晴れ渡った。

 長女が孫男子二人を連れてやってきたのでパンを買おうと車で出てみると、かなりの車の量だった。

 連休中日だし、表に出たくなる気持ちはよくわかる。

 

 僕が一緒に過ごした時間はそんなに多くなかったけれど、夕食を一緒にしてカルタをしてから帰って行った。

 

 今朝、妻が笑っているので理由を聞いたらこの写真。

 仕業は3才の弟の方だろう。丁度目の高さだし。

 

 扇風機がこころなしか俯きかげんなのを見て、もう一度笑った。

今日も快晴。

高市総理大臣              20210917

 

 僕が願うのは高市さんが総理大臣になること。

今回難しいとしても、少しでも早く見てみたい。

 

理由は簡単

・信念がある

・大変な量を自ら学んで、構築している

・コミュニケーション能力が優れている

・上の3つに支えられて豪胆である

これらがどうして可能だったのか。

 きっと、若い時から首相になって自分が理想とする日本社会を作りたいと思い続けたからに違いない。

 

 実は、今回の総裁選立候補までは何も知らずに、ただ安倍さんにくっついている人だと思っていた。

 でも、インタビューや記者会見での見事な受け答えと、霧が晴れるようなビジョン(日本の将来の)を聞かされるとまさに胸のすく思いだ。

 

 話がそれるけれど、タイで活躍する元日本代表細貝選手のインタビューに、タイの方がJリーグよりずっと稼げるというものがあった。タイでは外国人助っ人としてトップクラスの扱いだとしても、これにはちょっと驚かされた。

 確かにタイという国は躍進しているけれど、それにも増して日本が埋没していっていることの証左ではないか。

 

 日本は低迷がちといえどそれなりに豊かなのだから、無理してトップを狙う必要はないではないか。という意見も耳にするけれど、成長への野心を失ったら日本を抜いていくのは数か国ではない。気づいた時には最後尾、という景色が見え始めた。

 

 高市候補の、経済強靭化・災害対処準備・国土保全という国の骨格こそリーダーに求められるものだ。社会の公平性や多様性、厚い福祉などは有能な副総理がやればいい。高市総理なら後押しするだろう。

 

 ここ数日で高市候補の言葉として聞いたのは、核融合炉・量子コンピューター・ゴミ処理のこと。これに水素とロボットを加えてほしい。(^.^)

 どれも短期間では難しいのはその通りだけれど、見通せる人にしか絶対できない。政治脳の世襲議員とじいさんには退出願おう。

残暑自撮り               20210914

 

 昨日の大宮の現場は陽射しが強くてけっこうきつかった。

 そんなに現場には出ない方でも、昨日は建物位置を決定・確認しなければならなかったので、6:00の電車で出かけた。

 

 コンテナ建物はいつも通りこぶりなもので、作業従事者の数も知れたものだけれど、同じ敷地内で同時進行している他社の建物は朝礼やラジオ体操をする規模だ。

 だから、同じ仮囲いに入る以上ヘルメットが欠かせない。本当は半そでのシャツだって眉を顰められる場合もあるくらいだし。

 

 慣れてきたころ、ヘルメットを被った写真は無かったなあと思って、記録用に初の単独自撮りをしてみた。 

 何ということも無い写真でも本人は気に入っている。

 撮ったときに「おや」と思ったくらい。

 

 ただ、気に入った理由が実態よりも面長に見えて、しかも太っていることがあからさまでなく、影があるから平べったく見えないからだと気付くと、自分が写っていないからだとわかって気がそがれたりもした。

 

 まあそれでも、雲とヘルメットとマスクが、シャツとハンカチと青空とコンビネーションをお構成していて、背後の鉄骨枠組みと隣地のコンクリート建物もコントラストに参加していると言えなくもない。

 そのような感想が極めて身びいきだとしても、コロナ禍で慣れないヘルメットを被り続けた記録としては存在理由がある。

 

 そしてもうひとつ小さな気づきが、自分を補正あるいは加工する意識。

 そうか、髪型に凝ったり帽子を被ったり、伊達メガネをかけたり口ひげをたくわえるのはそういうことなのか。

 僕のヘルメットとマスクとハンカチはまったく別次元としても、補正と加工に貢献している。いっそアラブに行くか。アラミ師。

 あぁ髭が断然足りない。髭代わりに男性がブルカをしたら大変なことになるのだろうな。

水素世界                20210910

 

 去年の記事だけれど、トヨタ社が水素に取り組んでいる記事を目にしたので添付しよう。写真に記事をリンクした。

  上の写真はフランスのヨットレーサーを中心に建造された、太陽光・風力・水素をエネルギーに使う艇らしい。

 水素はふんだんにある原子だけれど、それを生成して圧縮保存・運搬することは相当に難しいらしい。まあそんなことあらためて言わなくても、簡単だったらとっくに移行しているのだろう。

 

 トヨタは、電気自動車隆盛の時代がくることも片目に入れて、もう一方の手では水素に注力している。

 確か、水素運搬船も特殊技術の集積で、日本の造船会社が力を結集しているという記事も読んだ。

 

 僕は高校2年の時に物理Ⅱでつまづいてから、電気が大の苦手だ。だから、断然水素に旗を振りたい。

 

 いずれ電気自動車にも慣れるのかと考えていたけれど、水素には内燃機関たるエンジンがあるのが魅力的だ。

 海水から水素を取り出して、燃やすと水だけが出てくるなんて未来小説のようだ。

 

 化石燃料と原子力との並走は当面続くとしても、水素で動き回る世界が出現するとしたらこんなにロマンチックなことはない。

 

 次世代・次々世代では常識になっていて欲しい。祈念

ウィズコロナ              20210904

 

 大学時代から頻繁に会っているISさんが、それでも久しぶりにメールをくれた。

 共通の友人が社長(設計組織としては有数の規模の会社)になっていて最近気づいたから、コロナが明けたらお祝いの会をしようという内容だった。

 

 ISさんはホテル関連を中心に商業施設の設計を精力的に展開してきたのだけれど、コロナはやはり影響が大きくて最近時間ができるようになった、と書いてあった。

 東中野に家があって、渋谷の自分たちの事務所に通っていることもあって、時間を見つけると電動アシストの自転車であちこちの美術館を訪ねているらしい。

 

 痩身で背も高め、ごま塩の短髪と髭で雰囲気のある彼が、買い物かご付きの自転車で回遊している様を想像する。

 

 美術館と言えば、最近僕達も箱根のポーラ美術館で藤田嗣治展を観たよ、と返信すると、「行きたかったけど電車乗り継ぐのはどうかと思って敬遠した」とかえってきた。車の要らない環境が羨ましいなと思った。

 

 こんな会話が成立する年齢だからかも知れないけれど、コロナによる自粛にはさして痛痒を感じない。

 県境を越えるなという要請は理解するけれど、自転車や車で移動して、商店街やスーパーマーケットよりはるかに密度の低い美術館に出かけることに問題があるとは思えない。万が一混雑していたら迷わず別の目的地にリセットするし。

 藤田展は充実していて満足。

 展示室のひとつでは写真OKと書いてあったので、2枚を撮ってみる。もちろん近寄ってはまずいから、上の写真は超拡大。

 

 収蔵展示では、ルソー・モディリアニ・マティス・セザンヌ鑑賞を楽しんだ。その日の気分なのかピカソ・ゴッホ・ルノアールはあまり目に入って来なかった。

 以前この雑感で少し触れたモネは、僕の期待とは違ったけれどそれはあくまで個人の好み。

 

 立派そうに言うと滑稽と思いながら、ウィズコロナの行動変容は悪いことばかりではない、とも感じている今日この頃。

強者どもの痕跡             20210826

 

 今日は浦賀に出かけて、小さいけれど新しいプロジェクトの下調べをした。(前回の続き調査)

 計画は小さな住宅程度の規模だけれど、敷地は広大だ。

 まずはアンテナ的店舗を始める様子で、いずれは大がかりな開発などがなされるのかも知れない。

 

 何千、何万という人々が大声をあげて忙しく動き回った様子はうかがいしれないけれど、手掛かりはありそうだ。

 8:00~の調査のはずが、7:20にはメンバーが揃ったので敷地監理者の了解を得て着手する。

 問題が生ずれば夕刻まで、そうでなくても午後までかかる見込みが、11時前に終了した。

 

 急ぎ、高速で帰ることも当然考えたけれど、こんな風に数時間のエアポケットはプレゼントのようでもあるから、インターには向かわずに西向き海側をドライブすることにした。

 まずは千葉に渡るフェリー乗り場のある久里浜。

 左の写真はその近所で、ペリー公園の海側ベンチ。

 

 以前記した記憶があるけれど、もう20年近く前、三浦半島の事情が少しもわからないころ、最終で逗子から久里浜について、何キロも歩いて辿り着いた思い出深いベンチ。

 街灯がとてもまばらで景色が見えず、ちゃぷんちゃぷんと波の音が聞こえたから前進は危険だと思い、ここで寝たのだった。立派なところでよかった。

 

 写真に納めたあと、茅ヶ崎のお客様カフェを訪ねようかとも思ったけれどそれは遠いので、三崎港海鮮丼を目指した。

 賑わっていれば回避するつもりが、人影がまばらで混雑などあるはずもない。

 ここがいいかな、と覗いてみると昼にはだいぶ早いこともあってか他に客はなかった。客観的評価はできないけれどおいしい。

混ぜる・混ぜない            20210816

 

 インドの多くの人々が、カレーを混ぜまくることは聞いている。ビビンバという韓国料理は必死に混ぜてこそ旨くなるとも聞いた。

 でも僕は、断固として食材を皿の中で混ぜたくない。

 

 カレーは本場の意見など無視して、スプーンの上ですら5対5を維持したいくらいだ。だから、ちゃっちゃっと当然のように混ぜ始める人とは親しくなれない。(あまりに狭量か・泣)

 

 昨日、「マツコ・有吉」さんの番組を見ていたら、その話題になった。

 有吉さんは、ビビンバとミートソーススパゲティは止む無く混ぜるという。マツコさんはそれも否。溜飲が下がる気がする。少数派かも知れないけれど。

 

 極めつけは餃子のご飯ワンバウンドへの攻撃で、「もっと言ってくれー」と心で叫んでいた。

 

 「ご飯って美しい」と言いたいけれど、糖質を気にして控えている。それでも最近、軽い一膳と梅干や沢庵、シーフレークや海苔の佃煮、キュウリや大根の浅漬けなどを昼に食べるようになって、発言権を得た気がする。

 

 ご飯はきれいで神聖ではないか。

終戦記念日               20210815

 

 最近、寝る前に浅田次郎さんの「霧笛荘夜話」を読み返していた。これは霧笛荘というアパートに、ある時期めぐり合わせた人物を順にたどる短編集だ。

 その中にマドロスと呼ばれる初老の長躯男がいて、その彼は終戦の前夜、ベニヤで出来た特攻舟艇での出撃を命じられた経験の持ち主だ。

 結果的に出撃はなく玉音放送を聞くのだけれど、しばらく後に悲劇の渦中にいたことを思い知らされる。

 

 僕は、瀬戸内海山口県の小島にある「回天」という人間魚雷は見学したことがあるけれど、ベニヤのボートのような特攻隊がいたとはしらなかった。

 

 今日、たまたまBS1を見ると、この特攻隊のことを振り返っていて、小さな偶然に興味をひかれた。

 

 連絡艇というカモフラージュを兼ねた命名から、俗称は「マルレ」だったらしい。

 番組の最後に、その作戦の数的概要が紹介された。

 米軍の船に与えた打撃は、軽微なものも含めて18か所。この作戦で散ったもの以外にも、特攻艇に乗ることもなく過酷なジャングル戦に追いやられ、落命した兵士が約1800名にのぼったらしい。

 そして、戦後、その作戦の立案・指揮にあたった中の誰一人責任を問われる者がなかったとのこと。

 

 鬱々としていたら、池上彰の終戦特集(これは僕にとっては大変によくできていると言いたくなる番組だった)でダメ押しされた。   

 東京無差別空襲爆撃を企画して遂行した人物に、戦後の日本は勲章を授けたとのこと。(自衛隊創設への助力だかなんだか)

 

 立派なことが言える自分ではないけれど、「その場だけ生きる」人生はみっともないと思う。

 僕の終戦記念日の反省。

激辛カレー               20210810

 

 今日は少し前と同じように、東横線祐天寺駅そばで打合せで、ちょうど昼頃だったから遅めの昼食はカレー店「カーナピーナ」に決めていた。打合せが終わって外に出るとまさしく真夏だった。それでも、圧力を感じるような日差しはむしろ前奏曲のようであったのに、辿り着いてみると無情にも夏休み休業だった。

 そうだ、休みたがりの店だったなあ・・

 

 気を取り直して原宿の「みのりんご」に行くことにする。

 以前は町田玉川学園から祐天寺に行くには、井の頭線経由が当たり前だったけれど、もともと近くなかった井の頭線渋谷駅と東横線渋谷駅は別の駅ほとに離れたし、副都心線の開通で、明治神宮前(原宿)が乗換駅の時代になっていたのだ。

 人がまばらの竹下通りを横目に通り過ぎて、店を観察すると扉は解放されて客はほんの数人だった。これならOKではないか。

 

 カウンターに着いて、少し迷って「ビーフカレーを」と注文すると、店の女性が「ここのビーフカレーはもの凄く辛いですよ」と翻意を促す。

 以前食べたことがあって、確かにその時息も絶え絶えだったことをはっきりと思い出してポークカレーに変心した。結果的に大変おいしくて大満足だった。

 

 ここで一般的カレー店の辛さを僕の基準でメモしよう。

 僕は、辛いカレーが好きだけれど、強いわけではなくて100人いたら強い方から35番目くらいかと思う。

 オーダー次第でいくらでも辛くする店も少なからずあって、最初に衝撃を受けたのは西早稲田の「夢民」で、4~5倍でスリルを楽しんでいたのに、店の人に聞いてみるとつい先日36倍を汗もかかずに食べた人がいたとのこと。

 

 御茶ノ水の老舗、エチオピアでは何倍とオーダーできるけれど、20倍がさして辛くない。不思議な感覚。

 

 上野・銀座・茅場町などにある「デリー」はカシミールカレーが辛い五つ星を付けられていて、それは楽しめるとしても、ときどきカシミールカレー×5という特別日があって、とてもではないけれど注文はできない。因みに、レトルトカレーの「LEE30倍」よりは通常カシミールカレーの方が数倍辛い気がする。

 

 辛さを競わずに平気な顔をして出しているのが、僕の知っている範囲ではカーナピーナとみのりんごで、それぞれ「ホット」と「ビーフカレー」という名称で、100人中10位くらいでないと味わえない。ただの我慢比べ、もしくは意地になってしまう。

 

 僕は少し大人になったのか、どんなジャンルの店でも「激辛」というキャッチに拘束されないようになった。よしよし。笑

東京オリンピック            20210809

 

 昨晩閉会式を見て、オリンピックテレビ観戦が終了した。結構見た。開会式と閉会式の演出を酷評するのは簡単だけれど、テレビ視聴者には想像もつかないことがあったかもしれないし、大事なのは競技そのものだと思うからここはただお疲れさまでした、と申し上げたい。      

 僕が一番うれしかったのは、空手の形で喜友名諒選手が圧倒的な演武で金メダルを獲得したこと。

 同じ意味で一番悔しかったのは清水希容選手が銀メダルだったこと。

 空手は国際化への道を歩んでいるのだから、スポーツとして採点されるのは当然かもしれない。けれど、心が澄んでくるような観戦経験は、彼・彼女以外にはまず期待できないなどと思うのだ。

 

 そうした点では、柔道の大野将平選手の世界を睥睨したような姿が何より頼もしくて武道は健在だーと声を上げたくなる。

 

 静かに劇的だったと思うのは男子100m×4リレー。

 5年間、  走り始められなかった。

 

 マラソン大迫選手のゴール後インタビューの表情にとても明るい兆しを感じた。

 自分と他の日本選手・後輩、そして世界を代表する選手みなが成長し続けていると胸をはったところが涼しそうだ。彼のゴールはもっとずっと先にあるのだろうか。

 

 酷暑がいかばかりだったか、想像も難しい。

 そのことを別にすると、台風接近で波が作られたサーフィンの日、雷警報のホーンが鳴った女子ゴルフ最終盤。雨の間の雲間で行われた閉会式。天気の巡り合わせもピタッとはまっていた。

2021盛夏                20210806

 

 昨日の完了検査は1時間ほどで終了し、その後の設計チェックも時間がかからなかったから、昼をだいぶ前に全体が終わった。

 仲間の巨大なFORD製ピックアップトラックで尼崎駅に送ってもらって、JRに乗る時ふと考えた。

「検査も合格したことだし、京都に寄ってみようか」

 

 でも、コロナ爆発のこの時期に観光は気が咎めるし、万が一にも感染したのでは間が抜けている。それに、新幹線は往復で買ってあるからやり直しも面倒だ。

 そこで思い浮かんだのが梅田スカイビル。これなら在来線途中下車だけだし、オフィス街を無言で歩くことはさして支障もないだろうと思う。

 大阪駅を出てみると、遠くなく近くない距離にスカイビルがあった。

 大阪駅との間は再開発事業の真最中らしく、クレーンが林立している。ゲート状建物の正面側からアプローチしたかったのでクレーン群を巻くように歩くと、結果的に見た目距離の数倍歩くことになった。

 炎天下だったけれど、熱中症の予兆はなかったので楽しめた。

 

 観光客はほとんど見かけずに、屋上庭園で記念写真を撮る東南アジア系カップルと他数人だった。ちょっと白日夢のような一日。

 

梅田スカイビル | 新梅田シティ (umepota.jp) 

設計者 原広司 他の有名建築 京都駅ビル・札幌ドーム・原邸(自邸)・ヤマトインターナショナル・その他

富士山裾野                20210805

 

 今日は尼崎での建物竣工検査があって、新横浜で乗れる始発新幹線で出かけた。それは「ひかり」で、のぞみより10分早く出て、3分早く新大阪に着くという、まあどうでも良い差なのだけれど、早く座りたかったので「ひかり」にした。最後に乗ったのがいつだったか?

 

 駅で買ったおにぎりをそそくさと食べてしまうと、睡眠も少なめだから(25時就寝・4時半起き)うとうとしたようだ。8時間寝たいタイプだし。笑

 そうは言ってもさすが富士山、なんのオーラか目が開いて窓の外を見やるとそこに居た。

 

 下の写真の一枚目が往きで、他3枚は帰り。

 大阪駅周辺で寄り道したのは次回の雑感に記したい。

 僕は、おそらくごく普通の日本人(という存在があれば・・)くらいの富士山愛護者にしかすぎないけれど、やはりこうしていくつかの角度から富士山を眺めると畏敬の念を抱く。

 

 富士山信奉者で興味深かったのは河口湖畔の別荘オーナーだった。自身が建てた別荘の富士山側の敷地が売りに出されたと聞いて、富士山が見えなくなることを心配して自ら土地を購入したのだ。しかしながら、抱え込むことは苦しいので、もともとの自らの敷地に影響が最少の別荘を建てて売ろうと企てた。

 そこで呼ばれた。

 あまりに動機があいまいなので、それなりにお付き合いさせていただくと、そのうち自ら新オーナーを探し出して協議決着を見た。

 

 まあ想定内で、何度か現場に車を走らせたガソリン代は、川口湖畔の私設博物館でゼロ戦を見ることができたので相殺できたと考えよう。

 

 話が超卑近に流れたけれど、富士山を朝晩眺める人口がいかばかりかと想像する。甲府の現場に通った時期、外国人観光客が多くて、中央線特急「あずさ」や「かいじ」で座れなかったことを思い出した。コロナ禍の前。

 

 富士山って。

ヨガ・・・               20210722

 

 今日から4連休らしい。

 我家のカレンダーは普通の色だけれど、ニュースなどで気付いた。もともと小さな建設現場は日曜日しか休まないし、彼らが休息をとっても僕とは直接かかわりがないから、個人設計事務所には曜日が無くなる。・・・でも少しうれしい。

 

 体重の高止まりは放置できず、お酒以外の糖質は避けようとか、それ以外でも多く食べないようにしようと考えていた。

 少々散歩してもエネルギー消費には結びつかないことは学習していたけれど、先日工事関係者と現場で立ち話していたとき、毎朝・夕、片道5㎞を通勤で歩いていると聞いて、その思いが確信に変わった。

 僕に勝るお腹を誇示しながら、減量は難しいですね、と言ったのだ。

 

 半月あまり前、僕はある標語を思いついた。

「スクワざる者、食うべからず」(スクワらざる者、とすべきか悩んだのは別の話 笑)

 

 それは、毎食前後どちらかで軽いスクワットを15回するもので、3日坊主よりはだいぶ続いたけれどあまり楽しくない。そんな時テレビで目にしたのが(テレビばっかり見ている 笑)椅子にゆっくり座ることと、階段をゆっくり降りるエクササイズ。高齢者向けではないかと思ったものの、やってみるとけっこうキツイ。

 幸い仕事場が地下なので時折実践することにした。

 そして編み出したのが、朝、ベッドに横になったまま足や手を動かすストレッチ兼筋肉刺激策。これは、ベッドに横になっているので鍛える感がないのが良い。目が覚めてぐずぐずしている延長なのも好感が持てる。

 

 自分の体重を負荷にして静かに動くところは、さきほどの高齢者向けゆっくり運動にヒントがあるけれど、これはヨガや太極拳に通じるのではないか、と思った。

 まだ1週間だけれど、笑いを取りたいのか、という前屈が体の硬い無精者くらいに移って来た気がする。

 

 僕の目標は好きなものを存分に食べて元気で、肥満していない人。

 個人開発ヨガが続くかは、近い将来の報告。

立場主義                20210721

 

 少し前に、新聞だったかインターネットだったか読んだときに「立場主義」という考えを説いている記事を読んで、大いに共感した。

 これまで立場主義という概念を持たなかったけれど、「どうしてこの人はそのような体温の無い意見を開陳するのか?」 「この人はどこに身を寄せて話をしているのか?」 という疑問を年中抱えていた僕としては、まさに膝を打つ思いだった。

 

立場主義

例えば

※旭川でいじめを苦に自殺した生徒に関して、記者会見をしている    

 教育委員会責任者の表情(クレーマーと見て蔑むような目つき)

 経緯を知りながら口をつぐむ教員

※野球部と関係ないところでコロナ陽性者が出たからと甲子園地区  

 大会を棄権すると発想する指導者・高野連関係者

※政権を取る能力ばかりか、意欲さえないいくつかの野党組織

※毎回だらしなくぞろぞろ歩くネガティブデモが好きな人々

※任命責任について謝罪しても、自分たちで選んでいないと言い訳

 するオリンピック推進責任者

 

生命の存在意義は自らの快楽・治癒を欲することだと思うのに、その上位に立場があるのか??

 

 椅子に座って、ただきれいごとを僕は言おうとしているかも知れないし、上に記した件も当事者にどのくらプレッシャーがあるかわからないので、簡単に非難するのは間違っていると思う。

 ・・・のだけれど、どうしても違和感はある。

 

 いろいろ事情があるとしても、教育に携わるひとの究極の目的は児童・生徒を育み、導くことだと想像するし、

 世界のアスリートを招くならば、その責任と意義をどのように担保して実現するのか、本来は日本全体がエネルギーを集中して何とか達成できることだと思う。

 

 なぜすぐに防御に走るのか。・・・それを説明してくれたのが立場主義だった。

 

 唱えたひとはちょっと変わっている様子で、僕が知らなかっただけで有名らしいけれど、そんなことはさておいて、立場から離れられる人がどのくらい現れるかが、日本や世界の幸福にとって大変重要なのだと思った。

日常                  20210719

 

 先週の火曜日、工事が進んでいる尼崎の現場に出かけた。

 コンテナを組み上げる日で、僕はさして役目がないのだけれど、

中国で製作したコンテナをこちらの建設会社が造った基礎に合わせたりするので、小さな不具合は発生する可能性がある。だから、設計者としては待機が必要なのだ。

 

 幸い、トラブルはなかったけれど、前泊して7時過ぎに集合して、午後5時まで8割り方立ちっぱなしだった。影もないまま。

 ときどき歩き回る日があるとしても、普段は座っている時間がほとんどだから、かなりこたえた。

 

 最近家の近所で長期間にわたる下水本管の耐震化工事があって、相当数のガードマンが配置されている。僕よりけっこう高齢の人も多くて、あらためて彼らの体力消耗を想像しながら、しかし僕よりはよほど頑丈そうなことに気付く。

 

 以前、友人の妹夫婦の家を設計させてもらったとき、コンセントの位置を高くしたいと要望があった。それは、百貨店の売り場に長く立ち続けたために腰痛があるからと聞いたけれど、ささやかな現場での一日でわかったとは言わないとしても、少し想像ができた。

 その二日後、西川口にお客さんを訪ねた帰りに家の近所できれいな空を見た。

 

 写真には写り切らなかったけれどすみれ色と藤色の境目が見たことのない色だった。

 この日は、最寄り駅で小さな書店に立ち寄って、右の小説を買い求めていた。

 

 直木賞受賞と帯が付いていたから手に取ったのだけれど、今まで触れなかった気配に惹かれるところもあった。

 

 読んでみると、女性の細やかなこころの働きが僕にはピンとこないらしくて

(言い訳をすると就寝前に少しづつ読んだので寝ぼけてもいたのだ 笑)それがかえって面白かった。

 事件が少しおきるものの、見える世界のなかでの物語。新鮮だった。

浦賀ドック                20210706

 

 ここのところ、日本人選手の活躍が目覚ましくてインターネット記事検索に忙しい。笑

 大谷選手の記事はあふれていて、ダルビッシュ、菊池雄星、前田健太投手も大活躍だ。

 

 モータースポーツでは世界ラリー選手権でTOYOTAが首位を快走していて、日本人ドライバーの勝田選手の表彰台もすごい。

 フォーミュラ1では今季限りの撤退を決めたHONDAが久しぶりにメルセデスを圧倒していて、まだルーキーながら角田選手にも期待が高まる。

 ゴルフでは松山選手がメジャー制覇を果たして笹生選手も続いた。スマイルシンデレラさんもいたし。ボクシングでは井上尚弥選手が王者への階段を上がっていて、将棋では藤井聡太さん、・・・多くの快進撃。とても高揚する。

 話は変わるけれど、今日、横須賀を打ち合わせで訪ねて「浦賀ドック」跡地を間近で見る機会を得た。

 

 横須賀市のホームページを見ると、2000年代初めに閉鎖されてこれから一般開放を進めていく様子だ。

 このドックはレンガ積の開放構造では国内に残された唯一のものらしくて歴史遺産として貴重らしい。ペリー来航の浦賀だし。(近くには砲台跡地も保存されている)

 

 正邪・善悪ではなくて、もちろん義務や選択でもなくて、近い過去をもう少し学ばねばと思った。それは、得てもよかったはずの大事な遺産が、ぽろぽろと手のひらから失われている感覚。その着想が、年齢によるところが多いとしても。

 

 何度か雑感で記したように、僕は音楽については知識が薄い。

 それを前提として、最近仕事中にYOUTUBEで聴くのは1番がバッハ、2番がマイルスデイビス、3番がバロック関連。

 

 似ている傾向のひとはわかってくれると思うけれど、好きだったり詳しかったりする曲は仕事の妨げになりやすい。

 

 そんな中で聴くことが増えたのがジャズトランぺッターのチェットベイカー(右上写真は東京ライブのものらしい)

 

 チェットベイカーは、僕の知る範囲では「角を立てない、走り過ぎないひと」

 

 40になる前に、「荒美さん、ジャズは何から聞き始めたら良いでしょう」という、わかるようなわからないような質問を受けたことがあった。今だったらマイルスデイビスとは言わず、チェットベイカーと答えただろうな。笑

瑞々しい季節               20210703

 

 しっかり梅雨に入った。

 最近続けて3回、大宮でこれから始まる現場に出かけて、いずれもが雨だった。現場と言っても、僕が担当するのはある家具店の新規店舗の付属施設なので小ぶりなものだ。

 それでも、諸々の手続きは大して変わらないので度々出かけるのだ。

 

 知っていたつもりでも驚くのは大宮の街の大きさ。

 丸の内と新宿副都心の中間のような密度が、僕には見慣れないスケール感で、いいなあ、と思う。

 

 春に大胆に枝を落とした庭の木々は、当初風通しが良すぎるくらいだったけれど、気付かない内に鬱蒼としてきた。

 ベランダに進入してきたヒメシャラの若葉と、長女に分けてもらって妻が楽しんでいるバジル。ピザがリッチになった。

 一方僕のサボテン。

 もう6年になるのにこのようす。買った時のぐい飲みのままなのがまずいのか?それでも、よく見ると生命感はある。

 

 今日は、植野食堂レシピで「チキンカレー」を作ってみた。

 香りはとても気に入ったものの、何か間違えたのか味はイマイチだった。

 いろいろなスパイスを使ったうえで、最後に市販ルーを使う所に多少の不安を覚えながらもプロならではと思っていたら、市販カレーになってしまった。もう一度挑戦してみよう。玉ねぎもすりおろすので、鶏肉以外は固形物がないのが僕の好みなのだ。

 

 クックパッドのレシピは、普通の人、手早くが主旨なので僕でも間違えることはなくてありがたい。サラダのドレッシングは良かった。(^^)

マトンカレー               20210623

 

 マトンまたはラムの匂いが「だめ!」という人は、妻もそうなのだけれど意外と多いようだ。僕はそこがよくわからなくて、食材は豚骨を筆頭に海鮮関係でもなんでも匂いはつきものだと思うから、マトンが特別なのがピンとこない。

 

 もちろん、嫌いなものを嫌うなとは思わないから尊重している。

 以前、骨付きラム肉を調理したときは、妻ばかりか家族が距離を取ったので僕はたくさん食べた。

 

 中国コンテナ工場の面々と火鍋を食べに行ったとき、「臭いものがあるけど食べるか?」と聞かれたので「食べてみる」と答えると、臭豆腐というものが出てきた。確かに臭いけれど僕はけっこう平気だったから食べ進めると、変なやつを見るような目であきれられた。少なくとも評価を上げはしなかった。

 

 くさや、ブルーチーズ、納豆、オイルサーディン、甲殻類、ニラ、ハンバーガー、玉子サンド、牛丼・・・。ちょっと振り返っても匂いが強くておいしいものは沢山ある。

 

 さて、前段が長くなったけれど、今日記したかったのは東横線祐天寺のカレー店「カーナ・ピーナ」のマトンカレー。

 僕は小さいころからカレーが好きで、外食の機会があれば迷わずにカレーを食べると言った。

 デパートの食堂はもちろん、当時少なかった町田のレストランでも、それに何か特別な感じのお出掛け外食でもカレーを曲げなかった。

 両親は折角だから他のものを食べたらと言ったけれど、まったく聞き入れようとしない様子に途中から諦めたようだった。

 そんな僕の転機。

 

 大学で始めたアルバイトは祐天寺にある設計事務所で、スタッフにくっついて行ったのがカーナピーナだった。

 いきなり衝撃が走ったというと大袈裟だけれど、何度か食べるうちにすっかり魅了されたマトンカレー。

 それは、歌謡曲やフォークソングを楽しんでいたときに、ロックやジャズが聞こえてきたようなものだった。

 

 最初から5年ほどは週に2~3回食べていたけれど、職場が変わってからはポツポツになって、長い時は5年以上を開けて。

 

 今日は祐天寺にお客さま企業を訪ねる予定があって、行かれるかと期待していた。僕よりはそれなりに先輩年齢の店主だから、「まだあるかな」という多少不安な気持ちを持っていたけれど、どこも変わるところなく、味も変わったようには思えずに、お客さんで賑わっていた。

 店主の寡黙さや、可愛いくても愛想を見せようとしない奥さん、二人ともそのままだった。白髪が増えたばかりで。

 

 夫婦二人きりで拡張もせず(建物の都合で一度だけ近場に移転した)客足が遠のくこともない40+α年。そのことがインドっぽい。

空港にて 村上龍             20210621

 

 「空港にて」は、2005年に文庫が出された村上龍さんの短編集だ。ずいぶん前に購入して、本箱の隅にあったのを引っ張り出した。(他の収録は「公園にて」「コンビニにて」・・など)

 いつものように初めて読むような(笑)気持で楽しんだ。

 ただ、最後に納められている「空港にて」以外は必ずしも読後感がさわやかではなくて、だから翌朝の夢はスッキリしなかった。

 

 アマゾンで口コミを見ると、否定的な評価も多いようで、その気持ちはわかる。

 それでも、読んでいる最中も飽きないし、しばらくするとその空気感が懐かしく思い出されるようで、気に入った一冊だ。

 僕は、若い時から「禅」というイメージに少し興味があって、それは研究しようという積極的なものではなくて心地よいBGMというレベルだったけれど、そうした世界観は過去と未来を頭から消し去って、今を見ようとするものだと理解している。

 

 極端に飛躍する例だけれど、一番充実していたころのアイルトン・セナが、「本当にレースに入り込むときは時速300㎞超の走行中に、塵のひとつひとつ、すべてが見える」と語ったという記事を複数読んだことがある。

 

 それはセナの類稀な集中力やそれを支える神がかった能力を示すものだろうから、一般人が共有するのは無理がある。

 それでも、時間、今、という概念への示唆に富んでいると思う。

 

 セナの境地に達することは想像外だとしても、自分なりに「今」を過ごそうとするなら、「空港にて」は、ささやかに一例を提示してくれていると思った。

 今日は雨かと思っていたのに、青空だったので近所に散歩に出ると、梅雨の晴れ間のせいかいろんな雲が見られた。やっぱり今年も夏がくるぞー。

植野食堂レシピ               20210619

 

 ときどきタイミングが合うと植野食堂という番組を見る。

 最近では、自宅の庭でできるキャンプフレンチ、というようなタイトルで、植野さんと親しいらしいフレンチシェフが「鍋ひとつ、スーパーマーケットで買える食材の料理」を3種類披露していた。

 

 本当に簡単そうに作っていたので、インターネットで検索したのに、まだ時間が浅いせいか写真はあってもレシピは未掲載だった。

 そこで、過去に遡ってこれにしようと決めたのが、「五目うま煮」

 中華丼にしようと始めたけれど、妻が堅焼きそばにすると言い、そうすればマスタードで食べられると思ったので同調した。

 さすがに一皿では寂しいので隣に何を置こうかと考えても、スープくらいしか思いつかないので、杏仁豆腐にすることにした。

 こちらはクックパッドで検索して、最も簡単なものを選んだ。

 

 なるべくレシピに忠実であろうと、(逸脱する知識もないし)したけれど、袋筍はキクラゲに替えて、人参や筍の油通しはレンジなどを使った。エビや豚バラの下茹ではその通りに。

 

 出来上がって食べてみたら、自分で作ったことを差し引いても美味しくて感激した。

 

 大谷選手も2本ホームランを打ったし幸せな土曜日。